全然とは?/ ディック
[ 163] 全然OK
[引用サイト] http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/3578/2003/zenzen.htm
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私は国語辞典のサイトを作っていますが、別に「日本語」に詳しいというわけではないので、即答できませんでした。 これは第5版ですが、語釈・用例とも、当初からほとんど変わっていません。肯定用法については「俗に、否定表現を伴わず、「非常に」の意にも用いられる。」と書かれています。 よく、「辞書に書いてあるから正しい」といった言い方がされることがあります。しかし、ことばというものは、時代がたつにつれ変化していくものです。最初は一部の人の「誤用」であっても、大勢の人が使うようになると「俗用」となり、ついには市民権を得て「常識」になるということは特に珍しいことではありません。 例えば、「とても」という言葉。もとは「とてもできない」とか「とても間にあわない」といった「とても○○ない」という否定表現でしか使わない言葉でした。ところが明治時代末ごろに「とても安い」とか「とても寒い」といった肯定形で使われるようになりました。 芥川龍之介は、その随筆(おそらく『澄江堂雑記』だったと思いますが)に、「とても」が肯定形に使われていることに非常に抵抗感がある旨のことを書いています。でも、今では誰も「とても安い」という言い方に違和感を感じる人はいないでしょう。 さて、「全然」のような用法が定まっていない言葉をどう扱うかといった問題は、国語辞典にとって非常に大きな問題です。 このことについて、『三省堂国語辞典』の編集主幹だった見坊豪紀は、『三省堂国語辞典』第三版の序文に次のように書いています。 有名な「辞書かがみ論」です。なお、『三省堂国語辞典』自身は、「時代のことばと連動する性格を持つ小型国語辞典としては、ことばの変化した部分については�犇性瓩箸靴討垢个笋�写し出すべきだと考えます。�犂姚瓩箸靴討匹Π靴Δ�は、写し出したものを処理する段階で判断すべき問題でありましょう。」として、「ことばを写す�犇性瓠廚領�場に重きをおくことを明言しています。 一応〔俗〕として、「俗語」であることが書かれてはいますが、それほど全然の肯定表現については気にしていないようで、「全然大きい」が用例にあげられています。 これに対し、辞書を「ことばを正す�犂姚瓠廚塙佑┐觜餮貅�書の代表選手ともいうべき『岩波国語辞典』はどうでしょうか。 さすがの『岩国』も「全然」の肯定表現が間違っているとまでは書いていません。そして、用例として、「心は全然それに集中していた」「全然同感だ」「全然平気だ」を載せています。『岩国』でさえ認めているので、「全然」の肯定表現は、ほぼ市民権を得ているといえるでしょう。 さて、せっかく『三国』と『岩国』を見たので、ついでに出典付き用例が特徴の『新潮現代国語辞典』も見ておきましょう。 なんと、「全然」の肯定表現は、明治時代には夏目漱石も使っていた伝統的で「正しい」表現だったのです! 「全然」の後に否定表現がこなければならないという方が、最近の人が言い出した新しい「常識」だったのです。 言葉というものは長い時間をかけて自然に変化していくのが通常でしょうが、人工的に変化させられることもあるのです。 第5版から追加された用例ですが、「全然」の語釈の中ではなく、こんなところにこんなことを書いているなんて、いったい誰が気付くでしょうか。 |
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