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に関してとは?/ ディック

[ 339] GNU GPLに関して良く聞かれる質問 - GNU プロジェクト - フリーソフトウェア財団 (FSF)
[引用サイト]  http://www.gnu.org/licenses/gpl-faq.ja.html

GPLによると、改変されたバージョンは、公開された場合「すべての第三者に...ライセンスされ」なければならないとされています。この場合第三者とは誰のことですか?
GPLで保護されたプログラムに改変を加えた場合、自分が改変した点に関して著作権を主張する必要はありますか?
あるプログラムがパブリックドメインに置かれたコードとGPLで保護されたコードから構成されていたとして、パブリックドメインな部分を取り出してパブリックドメインなコードとして利用することができますか?
GPLは、ソフトウェアを受け取った人間が私に料金を支払うこと、あるいは受け取った旨通知することを義務づけることを許可していますか?
GPLが適用されたソフトウェアを手数料を取って頒布する場合、私は公衆が手数料無しでもソフトウェアを手に入れられるようにしなければならないでしょうか?
私は、自分の著作物によって名声を得たいし、人々に自分が書いたもののことを知って欲しいのです。GPLを適用しても、私はそのような名声を得ることができますか?
フリーではないライブラリを利用するフリーソフトウェアを書いているのですが、GPLを適用した場合どのような法的問題が発生するでしょうか?
GPLで保護されたプログラムの複製を、他のライセンスの下で手に入れた人がいると聞きました。こんなことはあり得るのでしょうか?
自分が書いたプログラムをGNU GPLの下で公開したいのですが、同じコードをフリーではないプログラムでも使いたいのです。
GPLで頒布されているあるプログラムの開発者が、後になって他の人に排他的利用を認めるということはあり得ますか?
人々が私のプログラムを利用して得た出力結果にGPLを適用する方法は無いでしょうか? 例えば、私のプログラムがハードウェアの設計に使われているとして、出来た設計図もフリーでなければならないと要求することはできるでしょうか?
GPLで保護されたモジュールに対してあるモジュールを追加する場合、私のモジュールにもライセンスとしてGPLを適用しなければなりませんか?
ライブラリが(LGPLではなく)GPLの下で公開されている場合、そのライブラリを利用するプログラムにはGPLが適用されていなければならないのでしょうか?
プログラミング言語のインタープリタがGPLの下で公開されていた場合、そのインタープリタで解釈されるように書かれたプログラムのライセンスはGPLと矛盾してはならないのでしょうか?
GPLの下で公開されていたプログラムがプラグインを使うとして、プラグインのライセンスにはどのような条件がありますか?
GPLが適用されたプログラムを私のコードとリンクして独占的なプログラムをビルドしたいと考えているのですが、私のコードとそのプログラムとをリンクすると私のプログラムにもGPLを適用しなければならなくなるというのは事実でしょうか?
独占的なモジュールを、私のGPLで保護されたライブラリと指定したインターフェースの下でのみリンクすることを許可するにはどうしたらよいでしょうか?
私は多くの異なるコンポーネントとリンクするアプリケーションを書いたのですが、それらは様々なライセンスが適用されています。私は自分のプログラムにどのようなライセンシング条件が課されるのがさっぱり分かりません。私が適用できるライセンスを教えて頂けませんか?
私のソフトウェアを動作させるには、劣等GPLの下で利用可能なFOOライブラリとリンクしなければなりません。
私のソフトウェアはシステムコールで(私がビルトしたコマンドラインとともに)BARプログラムを実行します。BARプログラムは「GPLだが、QUUXとのリンクを許可する特別例外を認める」というライセンスの下で公開されています。
どうしてFSFは、FSFが著作権を保有するプログラムへの貢献者が自らの著作権をFSFに譲渡することを要求するのですか? もし私がGPLが適用されたプログラムの著作権を保有しているならば、私も著作権譲渡を要求すべきでしょうか? もしそうなら、どうやって?
GNU GPLの下でソフトウェアの一部を入手したとして、私はオリジナルのコードを新しいプログラムに合わせて取り込み、それを商業的に頒布、販売することはできるでしょうか?
GPLで保護されたプログラムを改変し、カネヨコセ社(Money Guzzler Inc.)から出ているポータビリティライブラリとリンクしたいのですが、私はカネヨコセ社のライブラリのソースコードを頒布することができません。そこで、カネヨコセ社のライブラリとリンクしたバージョンを改変したいユーザは、それらのライブラリを別に入手しなければなりません。どうしてGPLはこれを許可していないのですか?
あるモジュールQのライセンスの条件がGPLと矛盾しているのですが、しかしその条件はQが単体で頒布されたときのみ適用され、Qがより大規模なプログラムに含まれているときには適用されないというものだったとします。このライセンスはGPLと矛盾しないでしょうか? QをGPLで保護されたプログラムとリンクあるいは結合することができますか?
バイナリを、対応するソース抜きで頒布したいのですが、メールオーダーの代わりに、FTPでソースコードを提供してもよいでしょうか?
バイナリは私のインターネットサーバに置き、ソースは他のインターネットサイトに置くということはできるでしょうか?
あるGPLで保護されたプログラムの拡張したバージョンをバイナリ形式で頒布したいのですが、オリジナルバージョンのソースを頒布するだけで十分ですか?
バイナリを頒布したいのですが、完全なソースを頒布するのは不便です。ユーザに、バイナリといっしょに「標準」バージョンからの差分(diff)を提供するだけで良いですか?
独占的なソフトウェアを作ろうとする私たちのプロジェクトにおいて、あるGPLが適用されたGNUプログラムを使いたいのですが、GPLがそれを許してくれません。私たちのために例外を設けてくれませんか? そうすればそのプログラムはより多くのユーザを得ることになるんです。
プログラミング言語のインタープリタにGPLと矛盾するライセンスが適用されていた場合、その上でGPLで保護されたプログラムを実行することは可能でしょうか?
Javaのようなオブジェクト指向言語において、GPLが適用されたあるクラスをそれ自体は改変せず、サブクラス化して利用するとします。このような場合、GPLは結果としてのプログラムにはどのように影響するのでしょうか?
自分のプログラムをGNU/Linux上へ移植したら、私はそれをフリーソフトウェアとしてGPLやその他のフリーソフトウェアライセンスの下で公開しなければならないのでしょうか?
ある企業がGPLの適用されたプログラムの複製を所有しており、それを入手するためにはお金がかかります。インターネット上で入手できるようにしないという点で、彼らはGPLに違反しているのではないでしょうか?
改変を加えたバージョンはGPLの下で配布して良いが、オリジナル自体はGPLの下で頒布してはならない、このようなライセンスを付けてプログラムを公開することは可能でしょうか?

 

[ 340] 切込隊長BLOG(ブログ) 〜検事の視点キングダム: 無業者(ニート)に関して
[引用サイト]  http://kiri.jblog.org/archives/001277.html

理由としては、私にとってニートな人たちというのは近くて遠い存在なのだが、ちと気になることがあるからである。雑記のようになってしまうが、一応。
「生きる気力が乏しい」とか「人生に希望を失い」とか「自分はとても価値の低い人間なので」とか。よく、就職相談とかで「自分がやりたいことが見つかりません」という話をされるのと何となくダブる。個人的には、希望格差という、ある種の「したいこと」と「できること」の落差、つまり「したいこと」は明確にイメージできるが「できること」のレベルはいきなり上がらない、だから仕事をしながらその成長の経過のなかで喜びを感じ自分の成功体験という形で社会化していくというプロセスを踏むのが通常で、しかし「できること」の成長の経緯までに「選ばれない」「認めてもらえない」というハードルを超えられない大多数の人の何割かが引きこもるのだと思っていた。
が、どうも一連のTBや貰う相談メールではたいてい「したいこと」が明確でない、さらに「できない自分」が曖昧な目標に向かって歩き出すことも放棄しているという現象にぶち当たる。どうなのだろう。何が問題になっているのかさえ分からない。希望格差というよりは、機会格差というほうが正しいのだろうか?
私は、選ばれなさは社会の常だと思っていた。ある大きさのピザがあって、六人で分けているのが標準だとして、八人になったら取り分は減る。六分の一が八分の一になるだけならばありつけるだけ良いが、ピザは六等分されていて二人喰えないという事態は日常において普通にある。宴会が開かれる、そこに呼ばれない寂しさといったら筆舌に尽くしがたい。
しかも、高度成長の終わった日本においてはピザの大きさそのものが小さくなっている。ピザにありつけたからといって、満腹になるかといえばそうでもない。小さいピザに八人がぶら下がるという光景は良くある。小さいのだから仕方がないだろ。だから生活水準が下がることを覚悟しなければならない。
その生活水準も、マスコミのお陰で最高級の生活とはどんなものであるかというのは具体的かつ映像つきで目の前に晒される。ピザに向かって列ができる。ユダヤの諺ではないが、「貧乏であっても金持ちの列に並べ」という文字通りの展開になっている。
マクロで見ると、無業者というのは完全に社会的コストと位置づけられる。生産しない専業主婦がかつては問題になったが、いまでは勤労能力があるのに勤労意欲がないという不思議な層の出現がようやく社会問題化した。では、この手の社会問題において解決可能な政策なり社会的な取り組みというのは成立するのだろうか。
突き放した見方をするならば、働かない奴は仕方ないので放っておけという話になる。働かなければいけない状況に追いやられて、働き始めるのも自殺するのも本人の責任において行え、ということだ。生活水準の切り下げが現実化して、目標を見失った国民が自ら命を絶つ数が増えてなお、具体的にこうすべきという政策さえも見当たらないまま十年近くが経過しようとしている。
本来なら、二十代後半や三十代になんなんとする無業者は働き盛りのはずである。どこでも「問題ですね」と言われはするが、対人関係を構築できませんと自称してしまうほどの彼らを外側から救い出す術というのはあるのだろうか(本人が救われたいかどうかさえも判然としない。まずは親が死ぬまでは大丈夫だろうという漠然とした不安感と、一種の当事者意識の欠如が見られるのは精神的に自分を守ろうとする作用そのものかもしれない)。
無業者(ニート)や引きこもりとネットというのは親和性が高く、必然的に私のメアドにも人生相談らしきものも到着するのであるが、たいてい本名など自分をアイデンティファイさせるための情報は記載されていないことのほうが多い。綿々と綴られる長文メールを読んで、何とかしてやりたい、相談ぐらいなら乗ってやりたいと思って電話番号を入れて返事してみても電話がかかってくることなど滅多にない。このあたり、本当に不思議なんだよね。何度かメールやり取りできたとして、もちろん相手は時間があるから長文の内容になってこちらからの返事はやや短くなってしまうんだが、場合によっては「返事が短い=誠意がない」と怒ってる返答を貰うこともあってびっくりする。というよりがっくりする。
世の中いろんな人がいるというのは頭では分かっているものの、彼らの抱えている問題や不安の正体は共通している。しかも、彼らは概ね空想で完結した社会を殻のように持ちながら誰かがその殻を破ってくれることを期待し、同時に殻に手をかける人間を物凄く警戒する。
驚くのは、自分の殻が形成されてきた原因や理由について、驚くほど正確に、かつ客観的に知っているのだ。おまけに長いメールを書いてきても、文章的に情緒不安定なところは垣間見えつつも首尾一貫している。概ね頭は悪くないし真面目なのだろうと判断せざるを得ない。
こういうのって、どうにかなるものなんだろうか? 彼らにささやかでも僅かでも期待をかけることというのは問題ある行為なのだろうか?
それは…。私の場合はいろんなゲームに熱中したり野球をやったりしたが、社会に出たときはこんなに役に立たないものに集中していたのが馬鹿らしいと思うようにはなっていた。おそらく、学生のときに打ち込んだり考えを構築したりして得た価値観と、世間様のそれは違う、というのは誰もがぶち当たる壁だろうとは思う。
もっといえば、学校で習う学問でさえも、習っている当時は役に立つのかこんなものと思って軽視していた。例えば古文、芸術史といった、興味もなければ役にもたたなそうなもの。世間ですぐに役立つとしたら、大学卒であるという頼りないパスポートのようなものだけだった。
ちと待ってくれ。凄く気になることがあるのだが、最初から有能である誰かというのは存在しえるのだろうか。社会の価値観はたとえ誰かを無能であるとの烙印を押したとしても、それはその時点でのことであって、働き暮らしていく間に自分のなかの素養や資質を発見して、それを磨く機会も与えるはずだ。最初から有能な人間はごく一握りで、それでも大多数の人は平凡なところからスタートしても役割を見つけていくことで派手ではなくても慎ましく幸せに暮らしていくだけの役割を果たすことができる。その役割のひとつひとつが積み重なって社会だとするなら、価値観を受け入れるかどうかと関係なく、自分を磨く時間がゆっくりと自分を押し上げ、社会として必要とされる人間になるのだろうと思う。
ましてや、全面的に、あらゆる方面に対して有能な人間などいない。私が書き物をして、わずかな原稿料でも応じる理由が分かるか。私は物書きとして駆け出しだからだ。いまでこそ、いろいろお呼びがかかって中堅に近いところまで来たといわれるようになりつつあるが、しかし世間にはもっともっと上手い書き手がたくさんいる。無論、どんなにその方面を極めたところで大金が手に入るとか名声を確立するなんていう人はこれまた僅かな人数に過ぎない。それでも、興味を持ったものをやってみる、やったものは継続してみる、いまの自分の段階がどのくらいか確かめてみるといった一連の作業をすることによって、少しだけ世間の価値観というものが見えてくるような気がするのだ。まあ…、私は現場や下積みが大好きだからかもしれないが…。
>魔法の言葉『無関心』です。その事象に対して、無関心でいれさえすればその苦痛を認識する事さえも拒否するのです。
でもだよ。たとえ無関心だと言い募ったとしてもだ。少なくとも、自分の本能が死ぬことを拒否し、緩慢な死を意識的に受け入れていたとしても、何かを読み、見て感じ、貴兄がブログを作ってまで語ろうとしたいものがあるから、こうして互いに言葉を交わすこともできるわけだろう。それが社会というものではないのか。ときには誰かを無能と突き放す社会はまた、別の一面では暖かいものも見せるものではないのか。理解したい、理解されたいという欲求があるから言葉を発し、己の境遇を書き綴ることができるんじゃないのか。
よく分からん。無能だといわれたくない、それはよしとしよう、だがしかしいきなり能力を発揮できる人間は少ない、だから能力のあるなしにかかわらず何かを手がけてみる、仕組みを知るために継続してやってみる、認められるかどうかはともかく、自分なりに形にしてみる、という気持ちはないのだろうか。それが悪いといっているわけではない、ささやかな価値観をはぐくんでいて、それが社会のそれと違うというのは、いまに始まったことではない、誰もが経験していることだ。で、境遇や性格によっては、一人ではそのハードルを超えられない人が一定の割合でいるということだろう。
しかしだ。しかしだよ。そういった自分一人で未来を切り拓く力が弱かったとしても、自分のために超えられないかわりに、誰かのために、もしくは何かのために力を尽くすということはできないものなのか。例えば、親のために、家族のために、自分と笑って語らってくれる友人のために、共通の趣味を持つ同好の士のために、好いた異性のために、欲しいもののために、組織のために、民族や国家のためにといった、目的を自分以外に持つやり方はしないものなんだろうか。
嫌われたくない、裏切りたくないといった基本的な自己防衛については分かる。私だって、語りかけて拒否的な反応されたらどうしようとか日常的に思っている。それが厭だから、わざと忙しくしているというのもあるかもしれない。友達ができなくて、無視されるというのはつらいことだ。でもだな。何かを為すために、継続して何かを手がけていく、続けていくなかで見つけられるものは必ずあるのだと、そう思うことはできないのだろうか。
正直、どう書けばいまの私の気持ちが説明できるのかが分からん。貴兄を含めニートと言われる人たちが、あらゆる意味で本当に無関心とは思えん。わずかなひとつ、ふたつのネジの不足、たったそれだけで生きる気力を失っているのだとしたら、それは笑いでは済まん。マクロで、ニートが何十万人という話にしたって、昔からある現象が言い換えられただけかも知れんが、改めて考えてみると釈然としない。というか、これほど納得のいかない現象はない。このざらざらとした、得体の知れない不気味な閉塞感はいったい何だ。
本当は、いま私たちのいる社会の価値観そのものも試練に晒されているんだということも書こうかと思ったが、ちとそういう気分にもなれない。
つーか、時期が過ぎたら削除ってのはどうかと思うぞ。思うことを書き記す、その行為一個一個は断片的でも、継続することで初めて見えてくる何かがあると思うのだが。
隊長のエントリーを読んでニートである私としては普段楽しませて貰っている以上、コメントしない訳にはいかないだろうと言う思いからこのblogを作りました。コメント欄に載せるには長文になりそうなのでこちらから失礼します。時期が過ぎればこのblog自体は削...
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隊長がニートについて2回も費やして語っている。(「ニート(無業者)に関する考察メモ」、「無業者(ニート)に関して」)主にマクロ、ミクロの経済から問題の所在を理
かつて日本は世界的に見て教育水準が高いという評価を受けてきた。特に算数・数学、理科などは世界のトップクラスであったように思う。また、識字率の高さも日本の特徴であると思う。こうした、日本の優れていたところが失われつつある。経済分野での諸外国の...
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俺はバブルの頃、某ファーストフードで店長をしていた。その当事は地方都市でもバブルのあぶく銭で潤っていた奴らが多かったとみえ、時給が安いわりには仕事がきつい俺の店なんかは慢性的かつ深刻な人手不足だった。俺がお世話になった大学の学生寮も学生から...
「誰も幻想の外に立つことはできない。物語批判は物語の否定ではない。人間は物語の外部に立つことはないからである。どのような物語を生きるかということだけを私たちは選ぶ。(中略)世界がメルヘン的なのだ。」
「誰も幻想の外に立つことはできない。物語批判は物語の否定ではない。人間は物語の外部に立つことはないからである。どのような物語を生
「誰も幻想の外に立つことはできない。物語批判は物語の否定ではない。人間は物語の外部に立つことはないからである。どのような物語を生
最近ニートという言葉をよく聞くんですがもしかしたらネットの世界だけかもしれないんですが、要はあれってぷぅ太郎のことなんでしょ。最近は雇用の形態も大きく変わり会社に入ってもすぐ辞めて転職なんてのがごく当たり前の世の中になって来たんだなぁと思っ...
ニートの人の書込みを見てて、「人から認められたいけど、認められなかった」というパターンがあると思った。違うって人は、読み飛ばしてください。
ニートの人の書込みを見てて、「人から認められたいけど、認められなかった」というパターンがあると思った。違うって人は、読み飛ばしてください。
巡回している切込隊長のところとかR30氏のところでニート論が熱い。 うちのブログも、キーワード「ニート」からのアクセスが結構あったりするので、世間的にも関心が高いのだろう。 いろんなブログを見て ...
現代日本が抱える数多の問題の中で、ニートの問題というのは数少ない、ネットにて多少なりとも解決策を見出せる可能性がある事柄である気がするので、これについてちよっと...
現役でニートを満喫中の御仁からのトラックバックに反応した内容なんだけど、隊長は、本当にやさしいなあと思う。
僕はほとんどマンガを読まない。年に1,2作読めば普通って感じだ。で、今年初めて読んだマンガが、今週読んだこの「素晴らしい世界」。うわさ通りの素晴らしさだった。 内容的には純文学的で、人間の心の機微を ...
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切込隊長とニートについて盛り上がっているノビイズムという自称ニートの方のサイトがあるけどこっちのトピックのほうが香ばしいですよ。
メンヘルって略しかたが嫌なのですが、精神的にわずらっているいてその療養のため無職あることは普通でしょ。
貧相な負け犬がこういうことを言うからいかんのだ。--もしこの発言をそれなりの人がしたら、それなりに納…
売り手と買い手がいて取引は成立する。スケール同士が価値予測によってせめぎ会い、価格は変動するのである。人にとっても同じことがいえるだろう。社会と呼ばれる単位系で社会人は活動する。アートや職人の単位系を利用する人もいれば、文化や科学の単位系も...
売り手と買い手がいて取引は成立する。スケール同士が価値予測によってせめぎ会い、価格は変動するのである。人にとっても同じことがいえるだろう。社会と呼ばれる単位系で社会人は活動する。アートや職人の単位系を利用する人もいれば、文化や科学の単位系も...
売り手と買い手がいて取引は成立する。スケール同士が価値予測によってせめぎ会い、価格は変動するのである。人にとっても同じことがいえるだろう。社会と呼ばれる単位系で社会人は活動する。アートや職人の単位系を利用する人もいれば、文化や科学の単位系も...
切込隊長のとこにあったエントリ ニート(無業者)に関する考察 ニート(無業者)に関して を見ていろいろ考えてみる。...
現在の居心地が良いけれど、頭の中にもやがかかった毎日から脱却しようとこころみた矢先にこんなエントリーがあった。こういうのも縁と言うのであろうか。 切込隊長がニートに対する考察を行っている。まさしくニートであり、さらには切込隊長のmixi祭りを...
下でZatsubunがニートについて書き記しているので、いろいろ書いてみようと思って、キーボードに向かってみたものの、あまり書く材料はない。 見た目で私ニートでーすという人はいないし、せいぜい帰りの駅の通路で、パラパラとかHipHop系の踊りをしているの...
下でZatsubunがニートについて書き記しているので、いろいろ書いてみようと思って、キーボードに向かってみたものの、あまり書く材料はない。 見た目で私ニートでーすという人はいないし、せいぜい帰りの駅の通路で、パラパラとかHipHop系の踊りをしているの...
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ニートニートと言うけれど、働く意欲がなかったり、社会に適合できなかったりして働かない人々、というのは昔からある一定の層として存在していたのではないかと思える。いわゆる、ごくつぶし、瘋癲、徒食、居候、 ...
ニートニートと言うけれど、働く意欲がなかったり、社会に適合できなかったりして働かない人々、というのは昔からある一定の層として存在していたのではないかと思える。いわゆる、ごくつぶし、瘋癲、徒食、居候、 ...
ニートニートと言うけれど、働く意欲がなかったり、社会に適合できなかったりして働かない人々、というのは昔からある一定の層として存在していたのではないかと思える。いわゆる、ごくつぶし、瘋癲、徒食、居候、 ...
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下でZatsubunがニートについて書き記しているので、いろいろ書いてみようと思って、キーボードに向かってみたものの、あまり書く材料はない。 見た目で私ニートでーすという人はいないし、せいぜい帰りの駅の通路で、パラパラとかHipHop系の踊りをしているの...
下でZatsubunがニートについて書き記しているので、いろいろ書いてみようと思って、キーボードに向かってみたものの、あまり書く材料はない。 見た目で私ニートでーすという人はいないし、せいぜい帰りの駅の通路で、パラパラとかHipHop系の踊りをしているの...
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結婚について、男と女が同数だとして、結婚しない男が増えたら、その分結婚しない(できない?)女も増えているはずなんですよね。
結婚について、男と女が同数だとして、結婚しない男が増えたら、その分結婚しない(できない?)女も増えているはずなんですよね。
結婚について、男と女が同数だとして、結婚しない男が増えたら、その分結婚しない(できない?)女も増えているはずなんですよね。
結婚について、男と女が同数だとして、結婚しない男が増えたら、その分結婚しない(できない?)女も増えているはずなんですよね。
先般、ニートって家事手伝いだろってブログったわけだが、ほぼ同意見をR30氏の過去のログで見つけた。 が、最近のR30氏のログを見ると、どうもそこから意見が変遷しているっぽい。俺も、もう少し本気でこの問題を考えたら、考えが変わるのかなぁ。 と、思った...
つーか、コメント数が1,000を超えた時点で一個一個読み解く作業が大変なのだが、それだけネットをやっている人にとっては身近な話題だということなのだろう。 さて、どうやって分析したものか思案しているところなのだが、別に分析をしたところで具体的に...
下でZatsubunがニートについて書き記しているので、いろいろ書いてみようと思って、キーボードに向かってみたものの、あまり書く材料はない。 見た目で私ニートでーすという人はいないし、せいぜい帰りの駅の通路で、パラパラとかHipHop系の踊りをしているの...
一連のニートを巡る記事を読むと、語る側と語られる側が、「ニートである、ということは問題だ」という視点を概ね共有しているように 思える。語る側は「お前ら社会に迷惑かけとる! 働けるんなら四の五の言わずに働け!」と言い、もう少しニートに歩み寄っ...
下でZatsubunがニートについて書き記しているので、いろいろ書いてみようと思って、キーボードに向かってみたものの、あまり書く材料はない。 見た目で私ニートでーすという人はいないし、せいぜい帰りの駅の通路で、パラパラとかHipHop系の踊りをしているの...
(切込隊長さんと『ニート』と『希望格差時代』について意見が重なり合いました♪ってか 社会学的・心理学的な見地では重なっている部分が多い。おくればせながら トラックバックを二件送られせいた抱きます♪)名古屋に引っ越してくるときどこで暮らそうか...
なにやら『ゆとり教育』ってのが 男の人たちの間でブログで話題になっているようだけど 基礎学力の低下だけが焦点になっているような そうでもないような・・・・ときどき 教師の立場からの意見もあるけど・・・そのほとんどが なんとなくテレビで見た話...
なにやら『ゆとり教育』ってのが 男の人たちの間でブログで話題になっているようだけど 基礎学力の低下だけが焦点になっているような そうでもないような・・・・ときどき 教師の立場からの意見もあるけど・・・そのほとんどが なんとなくテレビで見た話...
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なにやら『ゆとり教育』ってのが 男の人たちの間でブログで話題になっているようだけど 基礎学力の低下だけが焦点になっているような そうでもないような・・・・ときどき 教師の立場からの意見もあるけど・・・そのほとんどが なんとなくテレビで見た話...
なにやら『ゆとり教育』ってのが 男の人たちの間でブログで話題になっているようだけど 基礎学力の低下だけが焦点になっているような そうでもないような・・・・ときどき 教師の立場からの意見もあるけど・・・そのほとんどが なんとなくテレビで見た話...
なにやら『ゆとり教育』ってのが 男の人たちの間でブログで話題になっているようだけど 基礎学力の低下だけが焦点になっているような そうでもないような・・・・ときどき 教師の立場からの意見もあるけど・・・そのほとんどが なんとなくテレビで見た話...
なにやら『ゆとり教育』ってのが 男の人たちの間でブログで話題になっているようだけど 基礎学力の低下だけが焦点になっているような そうでもないような・・・・ときどき 教師の立場からの意見もあるけど・・・そのほとんどが なんとなくテレビで見た話...
ノビイズム 無業者や引き籠もりに関して(えむけーつーさんとこ)私自身がどうしてニートでパラサイトな引き籠もりになったかというと、そもそも劣等感や肥大した自己や愛情への飢えや自己評価値の低さや自信のなさに悩まされつづけ対人関係も上手く築けない...
なにやら『ゆとり教育』ってのが 男の人たちの間でブログで話題になっているようだけど 基礎学力の低下だけが焦点になっているような そうでもないような・・・・ときどき 教師の立場からの意見もあるけど・・・そのほとんどが なんとなくテレビで見た話...
なにやら『ゆとり教育』ってのが 男の人たちの間でブログで話題になっているようだけど 基礎学力の低下だけが焦点になっているような そうでもないような・・・・ときどき 教師の立場からの意見もあるけど・・・そのほとんどが なんとなくテレビで見た話...
ニートに発生原理について最近いろいろと議論されているようである。私個人の意見を言わしてもらえば、社会的に余裕ができたということであると思う。不況だといっても、身内に飯だけは食べさせてもらえて、家からも追い出されないという社会環境が作り出した...
ニートに発生原理について最近いろいろと議論されているようである。私個人の意見を言わしてもらえば、社会的に余裕ができたということであると思う。不況だといっても、身内に飯だけは食べさせてもらえて、家からも追い出されないという社会環境が作り出した...
確かに経済学的な分析をして、効用関数だとか議論してモデル化しても、ある程度の構造やどういった過程で最適化が起きるかを議論できるかもしれない。しかし、一方で社会的な政策としてNEETに対して何が有効かを議論する上で政策的な誤謬を引き起こやすい問題...
確かに経済学的な分析をして、効用関数だとか議論してモデル化しても、ある程度の構造やどういった過程で最適化が起きるかを議論できるかもしれない。しかし、一方で社会的な政策としてNEETに対して何が有効かを議論する上で政策的な誤謬を引き起こやすい問題...
確かに経済学的な分析をして、効用関数だとか議論してモデル化しても、ある程度の構造やどういった過程で最適化が起きるかを議論できるかもしれない。しかし、一方で社会的な政策としてNEETに対して何が有効かを議論する上で政策的な誤謬を引き起こやすい問題...
NEET(ニート)とは無業者のこと、ってニートも無業者も最近できたばかりの一部の人たちが面白がって使ってるだけの言葉で早い話が働く気のない人という意味(働く気があるけど職に就けない職が見つからない人は失業者と呼ばれます)、普通に考えれば無業者よ...
仮説的結論。ニートは、そして引きこもりも、自己評価が非常に低い。詳しくは『ホームレスの心理』の一連記事に譲るが、今ここでいう両者に共通する低い自己評価とは、2種類ある自己評価のうち存在の価値のことである。今、生きて在る自分への根源的な信頼を...
隊長のニート投稿に端を発する、ここのところの一連のニートを巡る記事を読むと、語る側と語られる側が、「ニートである、ということは問題だ」という視点を概ね共有しているように 思える。語る側は「お前ら社会に迷惑かけとる! 働けるんなら四の五の言わ...
23日に切込隊長さんがニート(無業者)に関する考察メモ&無業者(ニート)に関してという鋭い記事を書いているのにぶち当たった。それは寝坊して、整骨院の大掃除の開始に間に合わないことが発覚した、23日のAM8:20過ぎのことだった。すっかり読みふけり、...
巷はクリスマスだ。毎度のことながら街はカップルの洪水と化す。もう見慣れた光景だ。 ニートやひきこもりの考察を続けるうちに、これらと異性にもてるもてないという状況の間に、かなり強い相関関係があるのではないかと思うようになってきた。 仕事に就く...
巷はクリスマスだ。毎度のことながら街はカップルの洪水と化す。もう見慣れた光景だ。 ニートやひきこもりの考察を続けるうちに、これらと異性にもてるもてないという状況の間に、かなり強い相関関係があるのではないかと思うようになってきた。 仕事に就く...
その「ささいな核」は、頭で考えてどーこーなる類のものではないからな。それは自転車をこぐ技能(暗黙知)のごとく、なかば自動化されていなければならないものだろう。朝起きるにしても同じこと。
件のmixi(微笑)でニートとかそれに近い人とゆっくりながら交流始めてるよ。mixiやってるっていうそもそもの枠があるけど基本的に奴らはかなり頭が良い人種が多いんじゃないかと思う。
彼らに働きかけるか云々はやっぱ個人個人の立場とか色々あるだろうけど、その中で隊長はやっぱ影響力ある存在なんで、殻に揺さぶりを掛けられるだけでもそのアクション自体は間違ってないと思うよ。
自分も数カ月ながら引きこもりな時期があったんだけど、外部からの働きかけっていうのはやっぱり天からの何かに思える時もあるんじゃないかと。
うーん、でもまあ、隊長の意見はそのまま資本家の理論だから、それで社会的に是とするにはヤバイものはあるんだけどね。
やはりそこは資本家から税金とって公共事業的なプロジェクトを立ち上げてやっていくのが一番いいのではないだろうか。
ぶっちゃけ今の経団連なんて、金儲けさえ出来りゃ天下国家のことなんて知ったことじゃないと思ってるからな。
これ言うと、ともすればファシスト扱いされかねないのでアレだが、社会の上のほうも下のほうも、「自分だけよければいい」って行動をさせないようにすることが重要なんじゃないのかね。
最悪借金で首くくらせるリスクはあるが、正社員になりたいのに口がないという状態のまま年重ねさせる方がまずい。
確かに忙しすぎて前が見ててない人が多いが、40過ぎて肩叩かれたときに小さな商売できるくらいの金とスキルは積んどいた方がいい。
結局学校の教育課程で、アメリカのようにコミュニケーションや論述レポートの授業を取り入れたほうがいいんじゃないかな?
自分をマイナスのカテゴリーで括ることは短期的には開放感があるけど、長期的にそれがもたらすものはあまり多くは無いんだよね。
その時は下らないと思ったことでも形として残ると残らないとでは、内面的な評価はともかく、周りから見れば大きな差になる。
問題なのは、あげる意思がある、コミュニケーションの能力があるにもかかわらず機会がないことなんだから、その辺を訓練で付けさせるのがいいとおもわれ。
あーもうめんどくさい。所詮弱肉強食についていけないスライムだろ?スライムなんざレベル上げの材料じゃないか。俺は勇者になって自己実現したいから、スライムの気持なんざ理解したくもない。弱者は死ね。
問題なのは、あげる意思がある、コミュニケーションの能力があるにもかかわらず機会がないことなんだから、その辺を訓練で付けさせるのがいいとおもわれ。
問題なのは、あげる意思がある、コミュニケーションの能力があるにもかかわらず機会がないことなんだから、その辺を訓練で付けさせるのがいいとおもわれ。
自分をマイナスのカテゴリーで括ることは短期的には開放感があるけど、長期的にそれがもたらすものはあまり多くは無いんだよね。
その時は下らないと思ったことでも形として残ると残らないとでは、内面的な評価はともかく、周りから見れば大きな差になる。
あーもう面倒くさいなあ。所詮彼らは弱肉強食に適応できないスライムじゃないか。俺は勇者になって自己実現したいから、スライムの気持ちなんか理解したくも無い。しかもニートには
自分が動かない理由を合理化すること、自分の安寧を脅かす対象の駆逐には信じられないほど頭を使うんで、その方面の理論武装だけは完璧。
自分が動かない理由を合理化すること、自分の安寧を脅かす対象の駆逐には信じられないほど頭を使うんで、その方面の理論武装だけは完璧。
・・・J・・・・・・・・・・s・・・・・A・M・・・・・・・・・・v・・・C・h・・・・・・・・・・・・・・・H
ここはおひつなのではなかろうか。しかし、これは順番を待つ必然ができてしまう。同時には食べられない。先によそった奴が多く食べるに決まっている。どうせ、お茶碗も大きいのだろう。
日本人なら鍋か? 鍋なのか? 宴会に後から来て小皿片手に絶望的な鍋に手を出すのか。会費を払ったからか。
実際に動いてみたら今まで何もしなかったのがあほらしくなるぐらいたいしたことない問題だったと思うんだけどね。
つまり、この問題は病気のような外的要因によるものではなく、自分の気持ちの持ち次第でどうにかなる問題。
即戦力・経験者であることを強く求める傾向があるのは参加の機会が狭くなり、この問題の解決を難しくしていると思う。
初めはできないのが当たり前なんだからしっかり教える、という流れが主流になればいいんだけど、そのためには好景気・人不足の状態でないといけないだろうし。
なんで企業の商品をサラリーマンが企業に売るんだよ。基本的な関係を理解してないからボケたこというんだよ。
>例示しろって?社会に出ろよ。無理じゃあサラリーの根拠は何よってことになるだろ>?お前、中学生だろ。ならパパに聞いてみな。
NEETの連中って、要はガキの頃からもっとハチャメチャしたいんだけどなんか自己規制かけちゃって、それをいつのまにか誰かのせいにして、だけど自分が飛び出せないからだと落ち込んで、その繰り返しの中でやっぱその時やりたいと思ったことが出来なくて、いつのまにかはぐれちゃったんじゃないの?
大縄飛びでうまく輪に入れなかったらどうしようなんて考えずに引っかかっちゃっても飛び込めばいいんじゃないの。
合宿所みたいに共同生活して、株のトレーダーとかWEB作成とかやらせたら、NEETってかなりのパーフォーマンスあげるんじゃないの。
以前より考えていたことなのだが、どうにも「彼氏彼女の事情」を読み終わった後の徒労感がニートが抱く何かに近いのではないだろうか。
世界人口の20パーセントが仕事すればそれで世界は回っていくそうな。結局その20パーセントが残りの人口を養うことになるんだろう、結局。残りの80パーセントがチベットやビルマの僧侶とかあるいは芸術家みたいだとしたらいいけどもね、
NEETの方々は社会に順応するやつらは実は意志の弱い情けない奴らだと思いながら、世間からなにもできない情けない奴らだと思われるという悪循環に陥っているのではないだろうか。
これさ、そりゃ社会学的心理学的に分析することもできるんだろうけどさ、結局はパラサイト可の状況を与えてる親が問題だよな。
政府はNEETに向けて働く環境やら広告キャンペーン考える前に、NEETの親に向けてキャンペーン打ったらどうだ?
親なんてとうの昔に死んじゃって年金だけで暮らせないじいさんばあさんが、いっぱい駅やらスポーツクラブの清掃したり、交通整理やったり、有料道路の料金所で働いているぞ。彼らはNEETになれるチャンスがあればそりゃなりたいだろう。
要するにさ、現実社会の圧力と個人の能力で、落としどころが決定されるわけだが、親のせいで現実の圧力ってのが人工的に弱められているので我を通すことが許容されているってだけじゃないか?
俺は切込みたいにやさしくないので、彼らが自己実現しようがしまいが、それは彼らの問題であって、そもそも雇用の社会状況が満足であるなんてレアなわけだ。クウェイトみたいな例外はあるが。
要するにいまさらだけど、甘えた状況を許すから甘えた人間が増えた、それだけじゃないの?NEETの心の中なんて知ったこっちゃねえよ。社会とのGAP剥離じゃなくて、最大限に社会と適応した彼らの最適解がNEETなのさ。
そんな救われない存在の為にCPU時間を費やすのは不毛なので、せめて目につく所に屍をさらしてくれるなと願いつつ自分の人生に専念するのが凡人の正しい生き方だと思うのです。
といってもここはインドじゃないし。それに日本の社会って多様性の面でこれまであまりに乏しすぎたんじゃないの、許容範囲が狭いっていうか。
だからくそ暑い中スーツ来てないと社会人としておかしいとか言ってて外人から物笑いの種にされたりしててさ。
といっても、今のそういう狭い人間が社会のマジョリティである限り、現状は変わらないのも事実だけど、すでに社会の構成者の中で、それはおかしいと思ってい変える奴が増えてくると、キャパは広がるんじゃないの。
かといって、ある程度の実績もない奴がいきなり会議で普段着でもそれはそれで困ったもんだけど、そういう常識ぐらい、NEETであるかないかに関わらず持ってるんじゃないの。
相変わらず旧態依然とした社会の雰囲気の閉塞感は誰でも感じてるっしょ。それを受け入れられるかどうかの違いはあるにしても。
今の日本のウェブに費やすエネルギーをもっと別の物に発揮できればなんて時折感じているのは一人二人ではないでしょう。
そんな救われない存在の為にCPU時間を費やすのは不毛なので、せめて目につく所に屍をさらしてくれるなと願いつつ自分の人生に専念するのが凡人の正しい生き方だと思うのです。
そんな救われない存在の為にCPU時間を費やすのは不毛なので、せめて目につく所に屍をさらしてくれるなと願いつつ自分の人生に専念するのが凡人の正しい生き方だと思うのです。
といってもここはインドじゃないし。それに日本の社会って多様性の面でこれまであまりに乏しすぎたんじゃないの、許容範囲が狭いっていうか。
だからくそ暑い中スーツ来てないと社会人としておかしいとか言ってて外人から物笑いの種にされたりしててさ。
といっても、今のそういう狭い人間が社会のマジョリティである限り、現状は変わらないのも事実だけど、すでに社会の構成者の中で、それはおかしいと思ってい変える奴が増えてくると、キャパは広がるんじゃないの。
かといって、ある程度の実績もない奴がいきなり会議で普段着でもそれはそれで困ったもんだけど、そういう常識ぐらい、NEETであるかないかに関わらず持ってるんじゃないの。
相変わらず旧態依然とした社会の雰囲気の閉塞感は誰でも感じてるっしょ。それを受け入れられるかどうかの違いはあるにしても。
今の日本のウェブに費やすエネルギーをもっと別の物に発揮できればなんて時折感じているのは一人二人ではないでしょう。
といってもここはインドじゃないし。それに日本の社会って多様性の面でこれまであまりに乏しすぎたんじゃないの、許容範囲が狭いっていうか。
だからくそ暑い中スーツ来てないと社会人としておかしいとか言ってて外人から物笑いの種にされたりしててさ。
といっても、今のそういう狭い人間が社会のマジョリティである限り、現状は変わらないのも事実だけど、すでに社会の構成者の中で、それはおかしいと思ってい変える奴が増えてくると、キャパは広がるんじゃないの。
かといって、ある程度の実績もない奴がいきなり会議で普段着でもそれはそれで困ったもんだけど、そういう常識ぐらい、NEETであるかないかに関わらず持ってるんじゃないの。
相変わらず旧態依然とした社会の雰囲気の閉塞感は誰でも感じてるっしょ。それを受け入れられるかどうかの違いはあるにしても。
今の日本のウェブに費やすエネルギーをもっと別の物に発揮できればなんて時折感じているのは一人二人ではないでしょう。
>> しかしだ。しかしだよ。そういった自分一人で未来を切り拓く力が弱かったとしても、自分のために超えられないかわりに、誰かのために、もしくは何かのために力を尽くすということはできないものなのか。例えば、親のために、家族のために、自分と笑って語らってくれる友人のために、共通の趣味を持つ同好の士のために、好いた異性のために、欲しいもののために、組織のために、民族や国家のためにといった、目的を自分以外に持つやり方はしないものなんだろうか。
リアリティが足りないんかなあ、とか、人間は連続する可能性であるのに、とかとか、書いてたけどPC落ちて消えたからもういいや・・・orz
しかしながら、それを許す社会状況があって、数十万のオーダーで事例が存在しているわけだ。本人だけでなく家族とか多くの人々が幸せとはいえない状況なのは確かだし、社会リソースの無駄という面でもアレだし、犯罪とかの治安面でもはっきり言って問題だ。
なんつーか、社会として「夢」とか「いきがい」とか「自己実現」を重要と言ってしまったのが問題だったと思うな。いやもう言っちゃったんだからいまさらしょうがないんだけどさ。これから先はどうしたらいいんだろうね。おいしいご飯とか、友達とか家族とか、そうした日々の小さな幸せを大事にしようみたいなしょぼいメッセージしかないのかもね。
あとは「わが国の権勢をアジア全域に拡大〜」みたいな方向性もあるのだろうが、そういのはめんどうだから嫌だ。まあでも戦争がおきればニートなんかいなくなるよな。
何もしていない時点で無能を自称するってのは、現在の自分の状態をもの凄い勢いで否定していることになるわけだが。
そんな状態をすっ飛ばして「無能」の烙印を自ら押すということは、無能な状態の自分は自分で認められないということで、
私から見ると、その時点で想い描いている人物像てのが凄すぎて、それは人間じゃないレベルじゃないようにみえるのよ。
自由主義の極限は「好きなことを好きなようにする」ということで、労働はそれを行うためにしているものだ。
他人の欲望を満たすために全ての人間が働き、結局は誰も自分自身の欲望を満たすために時間を使わないことになる。NEETはその絶望的な「社会的因果」の環から抜け出た「覚醒者」である。
何もしていない時点で無能を自称するってのは、現在の自分の状態をもの凄い勢いで否定していることになるわけだが。
そんな状態をすっ飛ばして「無能」の烙印を自ら押すということは、無能な状態の自分は自分で認められないということで、
私から見ると、その時点で想い描いている人物像てのが凄すぎて、それは人間じゃないレベルじゃないようにみえるのよ。
する機会を与えて貰えなかった、と言うパターンが多いと思うのだが。単純に、大卒でも4割か以上が定職に就けないんだから。
俺はやりたいことに見切りつけて(戦略的一時転進と自分に言訳)何とか就職できたが、髪の毛一本分巡り合わせが違ったら、簡単にニート化してたと思う。彼等は特殊なんじゃなくて、今の社会の「舟板一枚下」の現実でしかないと思うのだが。
何もしていない時点で無能を自称するってのは、現在の自分の状態をもの凄い勢いで否定していることになるわけだが。
そんな状態をすっ飛ばして「無能」の烙印を自ら押すということは、無能な状態の自分は自分で認められないということで、
私から見ると、その時点で想い描いている人物像てのが凄すぎて、それは人間じゃないレベルじゃないようにみえるのよ。
何もしていない時点で無能を自称するってのは、現在の自分の状態をもの凄い勢いで否定していることになるわけだが。
そんな状態をすっ飛ばして「無能」の烙印を自ら押すということは、無能な状態の自分は自分で認められないということで、
私から見ると、その時点で想い描いている人物像てのが凄すぎて、それは人間じゃないレベルじゃないようにみえるのよ。
Blogという形でもきちんと考えを述べ、説明出来る能力があるのに社会に踏み出せない。何でだろうと思う。その「何で」が頭の中にずーっと回ってしょうがない。
Blogという形でもきちんと考えを述べ、説明出来る能力があるのに社会に踏み出せない。何でだろうと思う。その「何で」が頭の中にずーっと回ってしょうがない。
Blogという形でもきちんと考えを述べ、説明出来る能力があるのに社会に踏み出せない。何でだろうと思う。その「何で」が頭の中にずーっと回ってしょうがない。
>本当は、いま私たちのいる社会の価値観そのものも試練に晒されているんだということも書こうかと思ったが
(6) 自分は社会的に不適切な人である、人間として長所がない、または他の人より劣っていると思っている。
特にバブル崩壊後顕著になったね。家族主義的経営が批判され、そこからの脱却を叫ばれたら、サークル主義的経営になっちゃってる(w
多様性に耐えられない人が数多く就職して、平均値への収束争いをしてる中で、一度その輪から外れると、その輪を外から眺めてしまうと、また入りたいか?と言う疑問を生じるんだろうな。
隊長さん自身も「助けたい」と思ってるような記述もあったけど、そう思うこと自体が自身の内部に同じ要素がある現れなんじゃないでしょうか。
実際の自分は妻子持ちなんで、食うためには働かねばと頑張っていますけど、本音を言えば働かないで済めばその方が良いです。
せっせと税金を納めている人にしてみれば、NeETはずるいなぁと感じるかも知れないけど、それは本当は自分も払うのイヤだからなんじゃないですか?
税金を払わないと国が成り立たないというのは、絶対的な法則ではない訳で、あくまでも選択した結果に過ぎないのじゃないでしょうか。
まぁ、他の選択肢を取ろうとしたら、征服されちゃったという歴史が人類にはあるとは思いますから、やむを得ず生き延びるための選択ではあったかもしれないとは思いますけどね。
国が成り立つかどうかは支配階級にとっての関心事であって、国民と呼ばれる働き蟻にとってはどうでも良いことなんだし、むしろ支配されないで自由に生きるには、国家なんてなくても済む方が理想的なんじゃないですか?
これってマスコミの論調に対する、カウンターバランスみたいな感じもするけど、少なくとも他の意見よりは展望があると思った。
家出るために割のいいバイトに入り、金溜めてる最中だが、家を出たとしてもそこから先はどうするか全く決めてないんでニートになるかもしれん・・・
こーゆー、ニートって呼ばれる人たちって、大昔だと音楽とかブンガクとか、映画とか演劇とかの世界、あとは徴兵制とかでいろいろ吸収されてたような気もするのだけど、気のせい?
ニートはニートなりに無関心という関わり方で世間と関わっているのだと考えるには隊長は現実主義過ぎなのかもしれない。
それがちょっとしたきっかけで腐らされていってしまうなんて、もったいない。何もしてやれないのがくやしい。
> しかしだ。しかしだよ。そういった自分一人で未来を切り拓く力が弱かったとしても、自分のために超えられないかわりに、誰かのために、もしくは何かのために力を尽くすということはできないものなのか。例えば、親のために、家族のために、自分と笑って語らってくれる友人のために、共通の趣味を持つ同好の士のために、好いた異性のために、欲しいもののために、組織のために、民族や国家のためにといった、目的を自分以外に持つやり方はしないものなんだろうか。
雨の方で、物作りって言ったって、しょせん情報価値でしかなく、情報を上手く操作した者が勝ちとか言ってる癖に。
ニート経験者というレッテルを勲章にして生きていく人と、ニートと言う集団に安住する人に分かれるが、ニートに安住する人も、ニート経験者にレッテルを貼る人も、人としては何ら変わりない。
農家はなぁ・・・お隣との農地の境界争いで生きてるんだよ・・・あぜを10cm押したとか押さないとかで年単位で揉めるんだから。そんなとこに人間関係に弱い人が行ったら下手すりゃ逝っちゃうよ。
で、結局問題意識と解決する意思があっても現実に行動に移す気がない隊長様は、今度はニートを食い物ですか。いつもながら豪勢ですな。
てかニート財団でも作ればいいじゃん。どうせそこまでするほど気に病んでないんだろ? んで、そうしたからってどうこうなるもんでもないしね。
だったら、あんたが何か言ったって床屋清談の域を出ないんだから、それ以上の価値なんかこっちも見出してないよ。足元見えまくってんだよ。
もうあんたはみどりはげを返上して白赤青の三色はげに移行すべきだね。バーバー切込とか言って大人しく店長に納まってればいーじゃん。
いわゆる「徒弟制度」みたいな風潮なとこがあるとこにNEET送り込んでやってけるはずがないじゃないか。
「とりあえず農業」とか「職を選ばなければ」って言う人は一定レベルより上の人としか仕事したこと無いのかな?
自分の知らない人が引き篭もりやニートになったからといって、「自分で何とかしろ」としか言えないけど、こうやってサイト開いていたり、意見を述べているということは、何らかの信号を発しているのが見えているわけで、苦しんでいるのなら、なんとかしてあげたいという気持ちはある。
普通のサラリーマンを蔑んでいた世代が、普通のサラリーマンにもなれずに苦しんでいる人を多く生む。(同一人物じゃないけどね) 難しいね。
狭い世間かもだが、しっかり仕事してる奴は、サラリーマンだろうが、フリーだろうが、ニートを理解した上で同情的なのも面白い。
こーゆー、ニートって呼ばれる人たちって、大昔だと音楽とかブンガクとか、映画とか演劇とかの世界、あとは徴兵制とかでいろいろ吸収されてたような気もするのだけど、気のせい?
他人を理解しようと思ったら、虐げた経験と虐げられた経験の両方がないとアカンのよ。そのうえで、ただ傍観者だった経験もあれば三位一体で言うこと無いけどね。
で、それぞれの立場で、それぞれの経験で、ごく稀に両方体験した奴が出てくるんだけど、そういう奴は調子に乗って一方的に相手を叩くこともできるし一方的にボコボコにされて蔑まれても平気だし、逆に、なーんもしなくてもべつにーだったりして、そういう部分がかえって信用されなかったりして、言うほど、思ってるほど凄いことはできんのだよね。
結局、他人を理解しようと思ったまではいいとして、まず真っ先に何が理解できるかっていうと「他人のことはわからない」が理解できるだけで、何をどう救えるかっていうと、べつにどうでもいい「救われても救われなくても大差ないところ」が勝手に救われて、んで後になって○○してやったのに、とか頼んでも無いのに恩着せがましくさせられたりして、後々考えると、じつはとっても不都合だったりするんだよね。
その他、ここであれこれ騒いでる人の意見は、あまりにも2極化しすぎて、解決する/しないしか論点が存在しないんだよね。
その構図から真っ先に抜け出したかはみ出したかしたのがニートなんだから、それについて「下々の者」がガタガタ言ったからって、どうなるもんでもないというか、むしろ「より高度な余計なお世話」でしかないんよね。
問題があるとすれば、労働者の流動性が高すぎて組織として安定した農業生産ができない場合がある点であろう。
そうだとすると、誰かがムリヤリ背中を押すと手っ取り早く解決しそうだけど、それは本人にとってよくないことだね。
ハードル云々の外的な問題ではなくて働くニート自身が満足出来る職種が云々ってことだがそうなると『なんでそんな奴らに手を貸さなきゃいかんの?』って話だろ?
どこの世界にも壁があり、競争と階級があるし努力も必要とされる。(そしてその努力が必ずしも報われるとは限らない。)
微妙だよなー。隊長はなんかこういう層に対して甘いっつーか、アニキ的に振る舞ってる感じがするんだけど、それが彼らの現状に対する痛みを和らげてるような気がする。ホントにそれぞれの改善を願うなら、逆効果になってるんじゃないだろか。
仕事のみの生活と、パチンコと酒が趣味の上司達を見て、この人達は何のために生きているのだろうと思いました。また、自分の存在意義が判らなくなりました。
誰にも喜ばれない公共事業。打ち合わせで17時を超えると厭味をいう役人。あほらしくなって、辞めた後に自分が何も出来ないのに気づき途方にくれる。
現状では、真っ暗な未来と死だけが近くに感じます。首に縄かけると気道が潰れて滅茶苦茶苦しいです。柔道のように簡単に落ちないので中断した屁たれです。
ふと、ハローワーク帰りに競輪場をみかけ、初めて車券売り場を歩きました。ああっー、此処が最下層のたまり場なのに、ここにいる人達はなぜに明るいのだろう・・・。よれよれの衣服とヤニの臭さ、歯のない人たち、至る所にはき捨てられた痰。
隊長の思考はどこまでいっても成功体験の連鎖でできているから、隊長は、ここで言葉として出てきている「絶望」とか「無関心」をどうしても理解できないんでしょうね。
重要なのはニートが何を重要視しているか、どんな価値観を信じているかなんだよな。現実問題として何が重要か?なんて事は関係無い。
昔はいまよりずっとパソコン通信なんかする奴に対して激しい蔑視があった。いわゆるオタクってことで白い目で見られた。今は同じようにカタカナでニートってのが蔑視の対象らしい。昔オタクで今ニートって人もいるだろうが、隊長は昔オタクで蔑視された経験があるから、その種のことに結構ナイーブに反応したりするのかも。
でも隊長は、ゲーマー世代の貪欲なる成功者として、「物事にはすべからく解(落としどころ)がある」と考えているかもしれない。
でも隊長は、ゲーマー世代の貪欲なる成功者として、「物事にはすべからく解(落としどころ)がある」と考えているかもしれない。
あとここ見てても「うわ、何スレ違っちゃったこと言ってんのこの有職者は」なんて思う意見がかなりチラホラとねー。
その解がニートなんだけど、経済学通の切込みさんとしては理解できても、金融屋としての切込みさんとしては、許せないのかも。
なんかここみてるとおまえみたいのが嫌でニートってるのに偉そうに分析して此処にも不味い面晒すんじゃねえってのがいるな。
私見では、ひきこもりとはある種の「無能力」なので、≪訓練(修行)≫という要因はどうしても外せない。 だが最も本質的な無能力は、おそらく「動機づけられることにおけるインポテンツ」ではないか。 もはやすべてに(少なくとも個人的に)絶望・幻滅していて、何ものにも動機づけられることがない*1。 「コミュニケーション」も、「天皇」も、当事者を動機づけられないのではないか…。
つねに「強度」に飢えているから、擬似的に何かに没頭して見せたりもするのだが、すぐにシラケてしまう。 あるいは、恐くなる : 「こんなことをやっている場合ではないのではないか?」 → 「テコでも説得されない」感じ。 自分で自分を説得することに失敗している。
ひきこもりについての議論(概念や政策の導入)には、「幻滅と絶望」に対する≪訓練プログラム≫設定を研究しているようなところがある。
すべてに幻滅し絶望していては、「訓練のプログラム」を設定しようがない(訓練の果てにもたらされるものに魅惑されていないのだから)。 → 「洗脳」し「強制」するしかないのか? 生きることそのものを?
「この世を受け入れることができない」 「働くぐらいなら死んだほうがマシ」 という、(幼稚に聞こえるがじつは切実で本気な)問題設定。
幻滅と絶望しかなく、生きていこうとすれば「苦痛は必定だ」*2とすれば、どうやって残りの生を受け入れればいいのか。
本当に排除されてしまえば、再参加は極端に難しい。 客観的に相手にされなくなる、ということももちろんだが、主観的にも、就労や性愛はもはや「トラウマ源」でしかない。 → 「貴様それでも男かぁ!」といった根拠なき精神論がまた顔を出す。 (「親が甘やかすからいけない」の背後にあるのは、「就労も結婚も、人としての義務なのに」という無条件の価値前提だ。 それは「国益が」の前に、ほとんど信仰のように機能している。 参加しない人間は「異教徒」なのだ。)
この問題の難しいところは既に観念的に遊離している対象に対して、事物を一般化、抽象化して語っても無意味であり、個別具体的に事態を解決していくしかないということ。日々の惰性、繰り返しから抜け出すには小さな達成感と、ごくあたりまえの周囲からの認承を繰り返しながら、少しずつ不全感を解消し、あたりまえに周囲とコミュニケーションしていくしかないと思う。おそらく解決の仕方は試行錯誤(Try and Error)を繰り返していくしかないということを一般論ではだれでもわかっている。問題は、個別具体的にその人に還元した場合、どんなにささいなことでもその人にとって多少なりとも達成感の得られることとはなにか、いったいだれに認められたら嬉しいのかということが、結局その人の実感でしかわからないこと。そしておそらくその人自身もやってみるまで、ほめられてみるまでわからないということ。現段階においてこの問題に対する最も有効な解決策は、中原昌也の言うところの「ドンドンやってみる。どうせならなるべくやりたくないことをする。たとえばみんなでイラクにどかどか行ってみるとか」ではないか。思考の遊びとしても自分がなにがしたいかを考えるよりも、何がしたくないかを考えたほうがアタマにとって健全だと思う。
この美しき地球に生命が産まれたのはこの幾多にも重なる奇跡あってこそが最大の悲劇だったのでは無いかとまで思えるようになった俺こそがKofN。イエー。
しらずに傷つけた過去の友人とか、帰宅途中であろうくたびれた年配の人とか、道路で轢かれてた猫とか、親兄弟とか、昔の自分とか
引き篭もりだとは思うのだけれど、外に出て忙しそうに働いている人とか、楽しそうに騒いでる人達とか、はしゃいでる子供達を見るのは結構楽しい
親の投資額と回収率を考えるとなんて割の合わない投資だったんだろうと笑えるがこのまま行くとその一瞬の笑いも引きつる
ホントウだろうが間違っていようがそんなことはどうだっていいですよ。俺のオマエに対して感じる好き嫌いはニートになるかどうかにも関係あるので知ってもらおうか。
それなりに能力ある奴が具体的かつ夢を見せられる政策を提示できるならニートや下層リーマンの支持を取り付けられると思うんだがどうよ?
だから社会の最も平均的な部分が、とくべつ異なったレベルの人々を自殺なり他殺なり放逐なりでぶっ殺しまくって、その血で新しいフレームを購おうとしてるんだよ。
とりあえずはっきりしてることは、馬車馬に働いて中年になったところで、会社が面倒みてくれるか、ってことなんだよなあ・・・
中規模以下の企業にはもはやそういう体力ないだろうから、やっぱり20~30代のうちに稼げるだけ稼いで40代半ば以降で商売しはじめるのがいちばん無難なんじゃないかね?
ニートを問題と感じてしまうのは、その人自身が本当はやりたくても我慢していることを目の前で平然と実行されるからでしょ?
社会が…とか経済が…とか、理屈は高等そうに言うけれど、自分自身が見えていないって点では幼稚に見えるな。
自分の幼稚さを棚に上げて、ニートを自分の価値観で評価して責めるから、事件に発展するということはあるのじゃないかと思います。
いや、価値観と言うよりも、自分を見ないで相手を責めることで自分の価値観を守ろうとする生き方というか、生きる姿勢が問題だと言う方が正確ですね。
ただ、「生きてくために頑張って働いてる」のがかなり無理をしているという状況なのは多いんじゃないですか?
ま、それは自分のことなんですけどね。でも、周りを見てると誰しも同じだなって思うことが多いので、一般的にそうかなって思います。
もちろん、それが我が子であれば、自分が居なくても大丈夫なようになって欲しいと思うのは当然だと思いますよ。
この問いに答えられなかったら、働かないことを糾弾できない筈なんだけど、ニートが問題だと言っている人が、この問いにちゃんと答えているのは未だ見たことも聞いたこともないです。
マジレスすると、2ch用語の「香ばしい」と隊長の言う「香ばしい」はニュアンスが微妙に違う感じがする。
「嗚呼、香ばしき人々」の袖に解説してある意味は、ちょっと隊長、言葉選んだ感じで本音ではない気がするし。
うーん、この問題って労働基準法を企業に遵守させ、違反に関しては厳罰で挑めばかなりよくなるんじゃないかな?
結局のところニート当人の壮大な目標設定に、行動が伴わない結果、どんどん自分に対する絶望感が深まって、悪循環に陥るということでは。
ニートは自分の境遇を理解していて、それでいて、その境遇に甘んじる事への屈辱よりも、その境遇に慣れきっておりその楽さ(衣食は贅沢しなければ親かがり、幾ばくかの小遣い、暖かい家)にすがる。
2ちゃんの悟空AAみたいな心境を実は奥底に持っている。自分の生涯をどこか他人事のように見つめている。
とりあえず、ニート諸君は色川武大(阿佐田哲也の事)の『怪しい来客簿』(文春文庫)収録の「尻の穴から槍」を読め。特に最終行はかみ締めるように読め。
前略、これを読んでいると私も間違えばニートになっていたのかと感じました。僕が思うニートになる要素。
�� 達成感を感じることはあってもそれに価値を見出さない。また、失敗しても読める範囲のことしか出来ない(能力がないのに)。
人間関係なんてすぐに気づける訳ないのに。学生時代に得たことは直接仕事に活かせることはほとんどないけど、その内いろいろやっていたことが役に立つ(直接でないかもしれんが)と感じれるが。
ニートの人のを見てるとすぐに答えがないとだめなんだろうなあ。会社は村社会だと思うからすぐに相手にはしてくれないど、そんなに悪いことではないし、頑張ってれば能力うんぬんとは別に受け入れてくれるんだけど、これは工場だけなんだろうか。
生意気ですがそんなに人間関係は得意であるが、それなりにやっている自分が感じたことを書き綴ってみました。
すいません間違えました。人間関係は本当に得意ではない(多分下手な部類)のになんとかしのいでいる自分が感じたことでした。
結局のところ、今ニートニート言ってるのは企業の人員削減での失業者や派遣労働者へのスケープゴートに他ならないわけだからねえ。
「メタルギアソリッド3」をやってるんだけど、相変わらず与太話が長すぎてゲームをやってるのかアニメを見てるのかわからない。これじゃ「2」の時と一緒やないですか…。新システムのフードキャプチャーとかスタミナゲージとかも聞いた感じでは面白そうだったけど、実際にはただ面倒くさいことが増えてるだけ。まぁゲームの世界にどっぷり浸かろうという人にはいいのかもしれないけど…この年で無職ともなると口に出せない不安が色々ありすぎて、ゲームにどっぷり浸かることもできないんですわ…。ゲームは悪くないよね…ゲームを楽しめない自分が悪いんだよね…。子供の頃は大人になったらゲームばっかりやって暮らそうとか思ってたけど、いざなってみると大人ってマジきつい!リアルすぎ!
もし、企業がニートを雇ったら銀行や信金が、融資を引き上げる。元ニートがいるような会社は、危険だ。だから絶対雇われない。その為に、リクルートに
義務は、いいとか嫌とかいう問題ではないと思いますが、それと上の話とはとりあえずぜんぜん関係無いと思います。
ニートさん達も己の生活の先に破滅が待っている事も覚悟の上でニート道を邁進しながらゲームやったりネットに浸かったりしてるんだろうから。
ニートにとっては、この問題について500を超えるコメントが付くことが更なる恐怖になっていると思うが。
それなりに読んだけど、途中、wWwさんはまともなことを書いているのに、酷い言いがかりと罵声で一生懸命wWwさんを悪者にしようとしてる奴がいるのが目に付いた。
誰もおまいを傷つけようとしてるわけではないのだから、もう少し落ち着けとか外野ながら思ったわけだ。なんか寂しくなった。
結局我が子を立派なニートに育て上げた親が悪いのだから、自分のガキが世に出て悪事を働かないよう、責任を持って養うべし。学校や社会が悪いのではない。子供は親の背中を見て育つのだから。
平均生活水準はこれから緩やかな下降線を描いてゆくだろうし、戦後の経済成長過程での馬鹿騒ぎのように、そういった連中を国で面倒見てやることなんぞ、有り得んだろ。(てか、無理)
実際、現在進行形で、方々綻びは出ている訳で、一連の膿み出しの儀式が終わったら、本格的に過酷な社会体制に移行するだろうよ、この国は。
その時にはニートなんぞ、社会問題になるほど多くはいなくなってるでしょ。ニートの半分ぐらいはそのカテゴリに入るであろう経済弱者は、移民としてどこかに纏めて捨ててくればいいし。その頃には、なんだかんだと言う余裕は無い訳だから、522みたいな事を考えてる奴は激減して第一次産業でも第三次産業の最下層でも、文句も言わずに従事するだろ。(ついでに自殺なんかも減るだろうな)
泣いた→「私が書き物をして、わずかな原稿料でも応じる理由が分かるか。私は物書きとして駆け出しだからだ。」
ニート、楽しいですね。哀しいですね。で、そんなニートとふれあうと、性懲りもなく昔を思い出す。楽しかったあの頃を、ほんの少しだけ思い出す。忘れていたあの頃を、ほんの少しだけ思い出す。それぞれの想いとそれぞれの形があれば、それでいいんじゃないかと、そんなことを、ふと思い出す。
かつて、デパートの屋上にあるゲームコーナーに通っていた。店番のお兄ちゃんが、いた。ヒゲ面で天然パーマで小太りで、平たく言うと不細工なお兄ちゃんだった。ただ、愛嬌があって優しかった。変なことばかり言って、よく笑わせてくれた。優しくて、それでいて「どこかさびしげだったことを、覚えている。今も、覚えている。
毎日のように通い、遊んでいた。小遣いがないときは、ほかの人が遊んでいるのをじっと見たり、お兄ちゃんと話をして、時間を潰した。日が暮れると家に帰った。また明日来るから。そう言って。
「お金やったら立て替えたる。ちょっと遊んでみ? 後で返せよ。あと、大人になったらちゃんと自分で払えよ」
ズルしちゃダメだと思ったが、嬉しかったので、とりあえず黙っていた。掃除を手伝った。遊ばせて貰った。親から小遣いを貰ったら、返済した。お店に通い続けた。今思うと、何が楽しかったのかよく分からない。たぶん、不細工なお兄ちゃんといっしょに遊ぶのが、楽しかったのだろう。
そのうち、新聞配達のバイトをするようになった。しばらくお店に行かなくなった。お金が貯まってから行くことにしていた。お兄ちゃんにはお世話になっていたから、恩返しのつもりだった。
おばちゃんに事情を話し、返しきれなかったゲーム代を支払い、家に帰った。ゲームコーナーに行かなくなった。もう、意味がないから。それに、ちゃんと自分のお金で遊べるようになったから。
高校を卒業し、上京資金を稼ぐことになった。昔遊んだゲームコーナーで働いた。お兄ちゃんに教えてもらった遊びを少しだけ試して、近所の子供たちと仲良くなった。ひとりと仲良くなって、それから、ほかの子たちとも仲良くなった。ニセお兄ちゃんになることができた。意味もなく、嬉しかった。
上京して働き、そして田舎に帰っていった。ふと昔を思い出し、ゲームコーナーに行ってみた。潰れていた。
それだけだった。昔遊んだ子供と出会って、しょうもない会話をした。昔のようにたくさん笑うことはなく、ただほんの少し笑うだけ。引くだけ。それだけだった。
些細なこと。楽しいこと。哀しいこと。そんな想いが、そんな中から育まれる想いが、絆が、誰しもあるだろう。だからこそ、そんな想いを大事にする。
ニートとの出会いは、そんなことを考えさせてくれる。人それぞれの生き方があるということ、還るべきところのあることを、伝えてくれる。
で、うんこは不細工なお兄ちゃんにお礼を言っていないので、ありがとうと言えなかったので、まだ人間を辞めるわけにはいかない。いつか逢える。きっと逢える。かならず逢える。そう信じる心あるかぎり。
自己愛が足りなくて気力が萎え萎えになるのだよ、そんで萎え続けている限りは萎えた気力自体に適応せざるを得ないのだよ、と遠い人に呟いてみる。
それは、論理を説いて分かる話ではないのだ。一時の感情の話でもないのだ。信頼を次に繋いでただ静かに待つ以外にできることはほとんどない、のだ。不信を打ち払うものは、最後には自分の信じようとする気持ち以外にないのだから。とさらに脈絡なく繋げてみる。
なんか知らない間に伸びまくってるな。帰ってきてから自分の意見を書き込もうとか思ってたが、読むのが面倒だからもうやめますたよ・・・(;´Д`)
それにしても、ここで費やす思考力の10%程度で構わないから、職探しとか資格試験の勉強とかに振り分けられないものだろうか・・・。特にまだ20〜30代の人なんて、まだ人生を諦めるには早過ぎるだろう。俺の知人に30歳で某大手企業の営業職に就職した人だっているし、やろうと思えばまだ間に合うと思うんだけどな。当たり前な話になるが、要は働く気の有無の問題なんだから、何よりもまずやるべきことは、精神面のケアなんじゃないかと。ということで、ニートはまずカウンセリングを受けに逝きなさい。
ところで、頻繁に登場する「農業」はどうなんだろ。二十年後三十年後、日本も異常気象のせいでロクな作物が栽培出来ないような状態になってるっぽいから、最終的には今より更に輸入頼みになってそうな予感。とはいえ、どの産業もいつどう転ぶか分からんし、結局ごちゃごちゃ言ってないで身体を動かすしかないってところか・・・orz
それと治安も更に悪化しそうだ。一番怖いのは、そういう負け組(←ニートじゃない人も含む)が素直に最下層の仕事に就こうとせずに、逆ギレして「全て社会が悪い」とか言い出すことだろうな。まあ先述した通り、遠い将来の事は成り行きに任せるしかないわけだが・・。
ところでお邪魔致しますが、TB日本記録ってのは聞いたことありますが、コメント日本記録ってのは何コメントなんですか?いや、呼び水や「冷や水」どちらのつもりでもないんですが、気になったもので。
バブル崩壊後、人を抱えられなくなって個々の企業なり中小企業が経営を正常化する為にリストラして無職者を増やし、さらに新卒の採用も控えたりしてきて無職者が増えた。
日本の経済状況が正常になりつつあると、今度は労働者の不足を言い始めた。そして企業も採用するよりも、安価な後腐れも無い派遣社員やフリーターを使い始めた。その結果、派遣会社が軒並み立ち並び、フリーターを含む会社からの使い捨て労働者達が溢れている。
ニートをする人はそのような状況を見て真面目に働く気にならないんじゃないかな?ましてや、社会とのファーストコンタクトに失敗した人や会社の非情さを感じた人ほど。
フリーターをするには労働時間や待遇を考えれば就職した方が良いし、派遣で稼ぐのにも常に派遣先の会社では一線置かれた存在で所属意識を感じられず、やりたい事ややりがいのある仕事は与えられない。勤労意欲が湧かない、または無味な仕事を淡々と片付ける事が派遣という仕事であり、文句も言わず淡々と仕事をこなす事が求められているし、また評価されている。だから、労働自体に意義見出せず、労働そのものが金額に直結して考えてしまう。まして、日本の企業は評価が金額に反映せず、役職に比例している。就職に意義を見出せなないなら、就職と無職は同意義に思えてしまう。金があって生きていけるなら一緒だろうと。
また、過去からメディアで取り上げられているように、中年のリストラ、三十路女の独身は負け組。で、現在はニートと社会の風潮の中で名前を付けられメディアが煽って差別しています。過去、企業からの余剰な人員を排除しておいて、経済安定化すると一部に放置されていた無職者達を単純労働者の不足や税金が入らないからといってニートという言葉で煽って賄おうとしているのは納得できないでしょう。ニートといえ世の中の都合で捨てたり拾ったりされて振り回されるほど馬鹿ではない。かといって反抗、または切り離して自活できるほど知識も経験も武器と呼べるものが無い。だから、預金通帳と睨めっこしながら細々と暮らすなり、齧れる親の脛を齧るのでしょう。行き着く先が樹海だ分かっていても。
積極的に社会に出て経験や知識、人とのコミュニケーションをすることは自分の為にもなるし、将来を考えなくても建設的であるでしょうが、それらに対して挫折の経験があると尻込みしてしまう。雪だるまを転がすように失敗した事に対してもう一度挑戦してみても同じ事を繰り返すように。
普通は反省をして方法を修正しますが、自己確立の出来ていない客観性に乏しい人や自分自信であるため問題を識別出来ない人が繰り返し失敗し続け挫折するでしょう。一昔前ですと会社なり、近隣の者が指摘なり成功への道に促したりしますが、核家族化が進んだ今は違います。DQNは放置という対応を見るようにレッテルを貼られ遺棄されるのが今の風潮に思えます。何より他者に対し非干渉というのが都心において自己防衛の基本であります。ですから、自分の事は自分で教育、管理していかなければなりません。学校とは社会から隔絶された場所でしたし、何より世間での生き方は教えてくれません。また、最近の親を見ると子供を叱るのに批判しかしていないのが目に付きます。「しちゃだめ」とは言いますが、何故だめなのか?如何すれば良いのか?がありません。幼稚さ故に理解できないのは分かりますが、繰り返す事によって少しずつでも理解させる努力を放棄しているように思えました。
調教と教育の区別がつかない大人たちが多い今、生きる残る為の方法は何処で学ぶ事が出来るでしょうか?ご教授願います。
今までのコメントに多くのニートたちを見受けられるだろう。俺も試用期間満了で会社辞めちゃったり、公務員試験受けて落ちたりして、現在ハロワでカード作り直した駄目人間だ。定義上ニートにはカウントされない駄目人間も多いんだろうなあ。新卒で就職できなくて流れるように公務員浪人とかも多いし。
> こういうのって、どうにかなるものなんだろうか? 彼らにささやかでも僅かでも期待をかけることというのは問題ある行為なのだろうか?
期待をかけることの是非は問いませんが、しかし期待をかけたとして次に何としますか?自分の気休めになる範囲で摘み食いをして回るのか、何がしかの施策のようなものを打ち出すのか。空手形を振らない思慮深さは大切ですが、隊長のこのエントリが訴求するものでないことは隊長自身によく分かっていることなのではありませんか?
に:ニートにも、ある種の能力は十分にある場合が多い。それが労働という形にならないのはマクロで考えると損だ。気になり出すと、なんだか増えてる気までしてきた。だから原因を解明し、取り除いて、ニートを労働市場へ。
い:嫌々でも俺様が働いてんのに、働きもせず口だけ達者なニートむかつく。さらに言うと、奴らの享受している社会福祉の一部は、俺様の給料から天引きされたものだ。ニートはすべからくとっとと飢えて今すぐ死ね。
人間の目は正面にしか付いてないから、見ることだけにこだわってたら、横と、後ろと、真上と真下は見えなくなっちゃうよ?
多分隊長だから、スルーするかネタにする程度だろうけど、金持ってる癖に結婚しないんだから、ほんと一緒だよね。
それまで学校のルールでそれなりにいい成績でやってきた。それなりに好成績だったから大学進学できた。しかし、高校までのルールがリセットされる。ルール内なら対応できるのだが、根本的な変化には対応できない。また、いざ社会人にというときには本格的にルールがリセットされる。さらに世の中全体のルールも変わりつつある。そんな中でやって行ける柔軟さを持ち合わせていないひとが巨大なルール変更に見舞われ、取り返しがつかないことになっているのではないかな。
自分としては向上心のつもりだったのだが、本来の自分を認めようとせず蔑ろにすると、こういうことになるんだなあ。
今の日本って、周辺国と比べてけた違いの知識と能力がありながら対人関係の不全のせいで就職にあぶれた人が非常に多い感じがする。
まあなんだかんだ言っても当分確率論的にニートは生成され続けると思われ、かつニートはニートであることをやめそう/やめられそうもないので、ニートの集団が将来にわたってどの様な振る舞いをしそうか勝手に書いてみる。
1)ニートとは自明でない原因により就労能力がありながら就労意欲がなく/弱く、正規雇用を得ることに失敗しパートにも通年では勤めないような人口層を指すものとする。
すると、近未来において予測されることは親が死ぬこと、政策的に放置されることである。減少していく年金だけでニートが喰っていくのは難しいと思われるし、老人の世話で大変な日本国政府が比較的少数のニートの世話を焼く積極的な理由は見当たらない。何よりニートは今のところ利権を生み出さない。
個人的意見としては、要はkittyなどが書いているようにニートは適応と合理性と惰性の混合による状態であると思われ、もっとも無理のない対応はニートが低コストで社会的騒乱の如き面倒の無いようニート/ニートの類似物でいられる方法であると考える。
それはおそらく相続税を高くしたりすることではなく、親元を離れざるおえなくなったニートが自主的に家族の代替物としてニートの集団を形成し、とてつもなく賃料が安い田舎に住居を共同で借りたり、最小限の労働を分担したり、料理当番を作ったり、ネット環境を構築したりする資金、物資調達、労働管理ネットワークを作ることではないか。
ぶっちゃけそれはただの生協だが。とはいえニートは引きこもりとは限らないので、集団で生活したほうが生活費が安く上がる=労働時間が減るのであれば自然とそうするだろう。事業費とかある程度減税されるし。でも最近課税率高くなってきてるけど、そこは無業者のための社会福祉事業財団ですとか何とかいうことにして誤魔化す。
まあ大きい生協も零細生協も多少見たことがあるので、経営やら利権やらによってうまくいきそうに無いという問題があり、またそんなに都合よく仕事が出来るなら苦労はねぇよ、という問題もある。
かくしてわが国はそこら辺によくある労働を美徳と考えない者があふれる国となり、隊長以下雇用者達はお前等終電前に帰るなとぶちきれ、生産性が激しく低下し、ついでに出生率も低下し、これが一部の国にも飛び火してますます世界は低成長を余儀なくされるような気がしてきた。
あと直接関係しないが光触媒による水からの水素生産技術はいいところまで来ていると思う。エネルギーを生産できるんだぜ?
ぶっちゃけ今の韓国ですら、ネットゲームやアニメ、半導体や新規研究等に莫大な国家予算による補助金だしてるんだから、
ニートへの職業訓練(ビジネスマナー等)に加え、起業関連の規制緩和とともにそれをやってホワイトカラー職を増やした方がいいと思われ。
国家社会主義といわれようが、ニューディーラーと言われようが、それが現時点におけるもっともベストな方法と思われ。
ニートの話を読んでいて辛いのは、家庭を持つ、子供を儲けるといったことまで放棄しているように見えるからだ。
まあ、なんていうのかな、それこそ規制で縛らん限り商売人や企業がそんな甘い世界を許してくれるとはとても思えんがな。
ってか企業のエゴを優先しすぎたゆえのニート問題であり、出生率低下であり、精神疾患増加なわけだからな。
わたしは…ニートに分類されるにも関わらず、作業をしてくれた人にはコーヒーなりなんなりと出してます。昔のマニュアル通りに生きてますから。だから自分だけ貧乏になっていきました。はぁ。
でも、企業ってのはSLGのAIと同じで、規制や罰則等の強制力を設けないと、8割方同じ方向に進むわけだからねえ・・・
>つーか、時期が過ぎたら削除ってのはどうかと思うぞ。思うことを書き記す、その行為一個一個は断片的でも、継続することで初めて見えてくる何かがあると思うのだが。
プライベートでやっていること(趣味、MML、他なんでも)でも同じく初めて見えてくる何かがあると思いますが。しかし、長く続けられればの話ですが…
ニートな人達にチャンスを与えたいんだったら,どっかの編集者と隊長にメールを送ってくるぐらいのやるきのあるやつを捕まえてきて,本でも出版させたら?ニートが社会的ブームになっているわけだし、そこそこ売れるんじゃないかなと思う。書く内容はどうして自分はニートになったのか?という内容で.
企業で役立つスキルは積んでいないかもしれないけれど,ニートとしてのスキルは積んでいるわけだから,時間さえかければできるのでは思うんだが...その時間だって,隊長に長文のメールを送るぐらいはあるわけだし.
そして、本が若干でも売れれば「成功体験」ってやつに結びつくんではと思う。もっとも、ニートから原稿を集められるような優秀な編集がいるかどうかは知らんが。
世間に出る年になったらコミュニケーションインポテンツ・スキルレスなのがわかっちゃってショック受けてんでしょ。
根本的な問題がスキルレスの部分だけではなく、「能動的無関心」=「励起エネルギー拒否」であるからみんな困ってんでしょ。
細々と世間に関わっていたいというような欲はあるみたいだけど、世間恐怖を自己肯定に上手い具合に組み込むことで見事に神話が存在しちゃってるんでしょ。
んで、励起エネルギーを一人一人に与える手法はとにかく高コストすぎて現実的じゃない、と言う話題でループするのにもうみんな疲れてるってのが今のスレの雰囲気なんでしょ?
で、そのプラズマ状態を作るのは政策によってのみ解決されるのじゃないだろうし、もっと冴えたやり方があるはずだと思うよおれは。
マイノリティから見るとさあ、ニートになれるやつってホント幸せだなあと思う。ある側面においてのみ羨ましい。
おれはそういった緩やかな自殺をしていく人間なんて相手してる暇がない世界に最初からいるわけだし、今でもそういう現象をバカじゃねーのとせせら笑ってはいる。
自由になる時間がたっぷりあるんだから、なんでも覚えやいいじゃんって思うんだけど、はなっからあきらめモードはいってるんだよね。
かの寺山修司は家庭は在るものでなく成るものだといっていたけど、これって家庭だけじゃなくその上位レイヤーの社会一般まで及びだいたいが成るものはずなのに、彼はその認識ができていない。
最初から、トヨタは大企業だったわけもないし、最初から、名門の血筋と呼ばれる人々は名門だったわけではないし、最初からゲージュツカは「才能」が在ったわけでもないわけですよ。
ベンチャー、インディペンデントな発想が少しでもできる人はその可能性とリスクを秤にかけて行動に移すことが可能なわけ。
こうゆう後ろ向きな社会従属性みたいな考えは結構昔から蔓延っていたんだけど、条件に合うまたは妥協可能な仕事が見つけれていたうちはいいけど、バブル崩壊後、雇用が減ったことによりに一気に『やりたいこと』と『できること』の格差ができ、表面化したのかなー。
てえことは、今現在働いていてもその仕事に喜びを見出せなかったり低賃金で生活ままならなかったりして、絶えず「仕事いきたくねー」とか口にするひとのなかにも、潜在的
>魔法の言葉『無関心』です。その事象に対して、無関心でいれさえすればその苦痛を認識する事さえも拒否するのです。
ニートとかひきこもりとかうつ病とか貧乏な他人に勝手なこと言われながら生きてますけど、この時代に出世してるらしい人種は生家の家庭環境が貧しい場合が多い気がして微妙。
自称してるのはとりあえず等身大を認めようとしてるからです。そうじゃないとずっと停滞したままだし。他の人はどうだか知らないけど。
まあ、このへんは隊長とかのように今乗りに乗ってる人や、既得権者に取っちゃウザくて邪魔かもしれないが、
俺は対人スキルが低いのか、ただタイミングが悪かっただけなのか、もしかして面接で非常識なことを喋っていたのか、それとも見た目がキモすぎたのか。
俺は対人スキルが低いのか、ただタイミングが悪かっただけなのか、もしかして面接で非常識なことを喋っていたのか、それとも見た目がキモすぎたのか。
希望を持ってここでコメントしている名無しさんが普通の人だとして、これだけ密の濃いコメントが量産されるという事は関心、関係が有る無しではなくて、皆潜在的にニートになる不安を抱えていると言うことなのだろうな。
よく考えれば並み居る銀行群やダイエー、西武等が散々公的資金吸いまくってるくせして、いざとなったら威張り散らす辺り、
まともな人々の方向を向いている(戻ろうとしている)ニートとまともとの距離を如何にして縮めるか、という議論と
多分なんだが、国家総動員体制〜戦争〜高度成長にそって構築されて価値観がここにきて破綻してきてるのでは?
確かに馬車馬のように働きたいひとはいるが、そうしたい人はそうすればいいし、全員がやるべきことではない。
っていうか、ニートになってない人たちって、親がしっかりしててなおかつ余裕のある人たちばかりじゃないのか?
さらに上に立つ者が押しのけて思い通りを遂行する事に罪悪を感じるのなら思考の袋小路に迷い込んでしまう。
6時までなら6時までに何とか終わらせるのが本当の仕事であって、だらだら9時10時まで続けるのは正しくない。
日本経済の行き詰まりの原因はコミュニケーションの力で上にのし上がった人がその能力ゆえに動向を誤ったりモノ作りを軽視したり結果ではないか?
…金を多く持っている人は引きこもりはしないのではと思うのだが。(街に出て豪遊する方を選ぶだろう、もしくは貯蓄に勤しむかのどちらかだ)
今の社会は挫折したときの反動が大きいから、誰でもNEETのなる可能性は高いと思う。それが団塊の世代の人達だと「自殺」を選択するのが多いと思うのだが。
というか、自分は三ヶ月間程ニートになったが。何か。(食事代が底をついたので前の職場に出戻り…ダメ?)
はじめは出戻りで復職したときは恥ずかしいと思ったが、今ではむしろ復職したことを恥と思われないようにがむしゃらに働いている。だって、今更投げ出すのもカッコワルイじゃない。
今の仕事が天職であるかどうかは分からないが、与えられた環境の中で自分の能力の限界に挑むのってすごく面白く、かつ楽しいな。
イギリスの例でみりゃ、既存の体制や規制に反抗して大きくなったリチャード・ブランソン卿が人気あるのが凄く分かる。
海外よろしく30に1つ株式公開できれば利益でるようなのだったら土建よりも立派な公共投資だとは思うのだが。
例えば寿司屋の人とかは10年位修行するらしい。それも最初は皿洗いだとかくだらない仕事ばかりだと言う。そんなの普通に考えて楽しいとは思えないだろ。
だが、少しずつ段階を踏む事によって次第にその職が天職になっていく事だってある筈だ。いや、むしろ一般的にはそれが常か。
なんとなくニートの皆さんに、一応就職しているけど28歳童貞彼女友達ゼロの自分と通じるところを感じた。
世間の大多数が別段困難に思う事も無くこなしている様々な活動のうち、ある項目がどうしても駄目な人間は居るんだから仕方ないんじゃないの。
ニュースや新聞を読んでも悲観的な空気が漂っているし。なんだかやるまえからしらけムードっていうか、、、
それでも、たまにネットなんかで散見されるベンチャーや若手起業家なんかを見ると(オレと同じ歳なのになんて楽しそうな顔してるんだろう)と思う。
そんな人を見ると、(もしオレにそのスキルがあるのならそこで働けたら辛いだろうが楽しいだろうなあ)等と思う。一種の希望と言うか、なんかやってやろうって気になったりする。
ニートの発生はマクロ的な要因によるもので、それを解決できるのは時間か或いは抜本的解決策の提唱が必要だ。
ここでいう抜本的解決策が社会主義でないことは前エントリーで書いた。レスをすべて読んだが、所々に思考停止に陥っていると思われるものが有った。彼らの思考は資本主義の次には社会主義が来るというところで停止しているわけで、ニートの発生等近年に見る諸現象をして資本主義の終わりではないかとの錯覚に陥っているわけだ。
で、隊長のエントリーは身辺にニートがいて、それをなんとかしたいという動機がある。その結果として何らかのアクションを起そうというのがこのエントリーだ。
だが、先ほどとの対比で言うならば隊長の身辺のニートへの対処はミクロの要素であって、それぞれを仮に解決できたとしてもマクロでは新たなニートの発生により均衡状態が保たれることとなる。まあそんなことは重々承知だな。
それでも俺は隊長を応援する立場を取る。なぜならば、仮にミクロであったとしても極めれば道だ。マクロでは無意味であれだ。
例示するならばマザーテレサだ。彼女は目の前の困窮する人々を助け結果としてノーベル賞を受賞し多くの人に感銘を与えた。だが、現実的な影響力ということを考えれば、ビルゲイツが総資産のうちの数%を寄付することにも及ばない。
そして「市場原理主義」が海外に飛び出して「グローバルスタンダード」と名を変え伝播させようとしたとき、
まずはニートの発生要因について考えよう。ニートが高度経済成長というレールから外れたこの時代に発生したというのは、上のレスで散々指摘されているようにかなり関係があると思われる。
今までは、大学を卒業した後もある程度容易にレールに乗り続けられたわけだが、現在はそれが出来なくなった。レールから外れたとき、生まれた時からレールの上を突っ走ってきた諸君らにとって途方もない打撃を受けることになる。用意されたレールから外れた時、どうしようもない無力感に襲われる。引き篭もる。ニートだ。
飛び級制度だ。自発的にレールから外れる動機を起させる。1年就職できなくても2年先んじていればまだ1年早いと、そいう言う道理だ。
んでだ、飛び級制度を取り入れるに当って注意点がある。対人能力の構築の猶予期間の提供だ。俺はそれを小学校に求めたい。つまり、中学にあがった段階から飛び級可能となるような制度にすることが望ましいと考える。フィンランドの教育制度の特徴として、長い初等教育の期間というのがあった気がするが、幼年で手に入れたコミュニティーを長期間にわたって保持することは重要であるということの証左だ。おちこぼれをなくすのに有効だと言われている。
最近やったなんだっけ国再刊の学力検査の読解力の問題を見たんだけどね、あれは読解力の問題じゃなかったよ。
表現力の問題だった。2人が1つの事柄について述べてる分を見て、あなたはどっちがいいのか理由を含めて記述品再みたいな感じのが結構多い。書かせる問題がね。
そういうこと考えると、今でさえ社会問題となりつつあるニートの予備軍が、物凄い勢いで増えているんじゃないかということを痛感したりするよ。
それに、就職難にかこつけてあわよくば有名大卒を雇おうと必死になってるところも多いから、額面どおり見ちゃ駄目。
というか俺は、失業者の数値を景気との波動で見て、極めてシンプルに景気動向を予測するようなだな、そんでもって数値としか見てないから多かろうが少なかろうが俺にとってはどうでもいいみたいなな、そんな男だぞ。
まあ一ついえることは景気が良い(※とされる)状態になれば失業率が減ること、そして向こう2年間はしらないが、10年後とかその辺については日本経済はある程度楽観視できるということが言える。
もっとも昔からある会社とかは人事しっかりしてるから結構対策とか適材適所しっかりしてたりするんだけど。
そらまあ採用=選別≒ある意味差別なんだからしょうがないだろ。細かい区別や言い訳は違っても、本質は変わらん。
せつな丼の言ってることは、要はそういう現実に賢明に対処しなはれってことだから、現状店頭(路頭)に並んでる豚丼牛丼鳥丼親子丼に関しては廃棄処分って言うほかないよね。それ以外の発言をする奴がいたら、それは組織の現状に対する背任だし。
コンビニの弁当とか毎日凄い勢いで捨ててるけど、「人材」も「材」である以上は多かれ少なかれその運命にあるよ。
ニートは本人のせいだというのは官僚や企業が自分の責任を逃れるための方便として最適な言葉だということを忘れてはいけない。
従来の制度だと、それなりの経歴と詐欺師並の口の上手ささえ持ち合わせていればどんな無能でももぐりこめてしまう。
技術系・営業系のコスト削減と能力の最適化が導入の主目的だから、高くてパフォーマンスの悪い普通の会社員はガンガン首切られることになるぞ・・・
企業はそれそのものが巨大な自動実行システムだから、それを行き過ぎないようにコントロールするのが政治の仕事。
ニート対策費は、何も0円からいきなり231億円に増えたわけではない。 従来行っていた施策を「これはニートにも関係ある」ということでラベルを貼りかえただけの予算が半分以上を占める。
なぜNEETなんて単語を厚生労働省は持ち出したのか。 うがった見方をすれば、それは流行語であり、しかもちょっと学術的でしかも横文字でかっこいいからだ。 海外での研究もあるし。
「ひきこもり対策」よりは「NEET対策」の方が圧倒的に世間の受けがいいだろう(もちろん両者は同一ものではないが)。 世間にいろいろアピールしなければならない役所としては、流行ものには食いついておく必要がある。
また、ひきこもりよりも直接的に「経済」に関わる問題である、若者と労働を直接結びつける概念である、というのも大きいだろう(「国の将来に関わる重要な問題(優秀な労働力の確保)である」=「だから厚生労働省が対策を打つ必要がある」)。 逆に言うと、「ひきこもり」は変な色が付きすぎて使えない、とも言える。
それをコメントしてるおまいらと、自分の再就職先を作る役人と、元役人天下民間人と、ニートで分けようとするさ。
�―蠧世虜栃�配機能により効率的かつ公平に分けられてることになってる・・・が、現実には権力をもっているほうが勝利する
�H耄磴靴覆�てもいい。そもそも所得の再分配なのだから、今の仕組みからあぶれた人に対して保護するのは当然。
「ニート」ってもう結構な勢いで認知されちゃった言葉だから、もう改名するには遅いよなぁ。「暴走族」→「珍走団」も結局上手くいってないし。
隊長やニートと呼ばれてしまっている人々(かなり乱暴なくくりですが)に直接面識はないのでよくわからないのですが、ニートは隊長より若い世代の現象であるような気はします。
ヲタクであろうがそこそこ稼いでる定職者や、ニートでも資産家の子と結婚しようとする女がここにきて増えてきてるような感じはする。
ニートから平凡なサラリーマンになって運良く年金受給年齢まで働けたとしても住宅ローンはまず組めないし。そもそも正社員の働き口は新卒か経験者採用で埋まっている。
ニートの人なので書いて見ます。 おそらく隊長さんはこんなにあるコメントなんて読まないだろうけれども、一応。
自分は頭がちょいとばかりおかしくなって大学除籍になり、そのままバイトで同居人と一緒に生活していた時期があります。(今は病院送りになって家元にもどってます)
それで感じたのですけれども、たとえば高卒でその後4年間ほど何かのチェーン店でバイトして、経営のノウハウとか売り方を勉強したという下積みがある人間と、
まず、殆どの場合書類選考の段階で高卒は落ちる。 面接にたどり着ければアピールもできるだろうけれども、最近は書類選考を通るのすら難しい。
まあ、単純に「ニート」といってもその内訳はすさまじく混沌としていると思うので、一概には言えないのですけれども。
企業でいい社員がなかなか取れないといってるあたり、おそらくその辺の誤差が無視できないくらいになってきてるんでしょうね。
だからここにきて団塊世代の補充のための採用が増え始めてきたりするのはいい兆候がでてきてるんじゃないでしょうかね
SPIっていうのは「企業にとって都合のいい性格の人間を抽出するテスト」だから、マクロ的結果はどうでもいい。
コミュニケーション等のスキルは英語と同じで若いうちに出来ないとその後は外国語と同じ感覚、いわば付け焼刃でやっていくしかない感じかと。
為替介入資金と消費税戻し(輸出品の消費税は下請けが払ってトヨタなどが受け取る)補助金に見えない補助金大量に吸い込んでるのに、さも自力で利益を上げているかのような偉そうな顔してんだぞ。
為替介入資金と消費税戻し(輸出品の消費税は下請けが払ってトヨタなどが受け取る)補助金に見えない補助金大量に吸い込んでるのに、さも自力で利益を上げているかのような偉そうな顔してんだぞ。
特に文系。博士課程=インテリの埋葬場。NEETになるだけの金が親になければ、行くのはコードレスバンジーと一緒
> しかし身近で悲惨な愛情関係や労働者を目撃し、あるいは自分もトラブルを重ね、「関わりたくない」になる。
農村で生まれて農村で育って農村で死んでいくニートならそれぞれの家族がそれぞれの責任でどうとでもするんだろうけど、
「俺らを虐げてきたツケを払うがいい。お前らにバカにされるためだけに緩緩と生かされ続けるのはもうウンザリだ。
結局、上手く行ってる奴には底辺は見えないんだよね。理解すら出来んのだろう。漏れは半分ニートで半分うつ病なわけだが、
「なんで働かなきゃいけないんだろう」「なんで生きていかなきゃいけないんだろう」「早く死んじまいたい」
よって、底辺同士で集まるしかなくなる訳だが、底辺同士で上手く行く訳が無い。もう社会性やら交流やらという
今の日本って、昔に比べて人間が精神的に大人になれる平均年齢がどんどん後退してるのに、やけに個人に期待する
能力のラインが高くなってるんじゃない?実力主義は結構な事だが、どこの会社もそうなったら落ちぶれる奴が多くなるに
上辺のレベルが上がりつづけている現在、ほっといたらどんどんニートは増える。でも上辺の人間は「ニートなんて
○○大学の価値が云々とかさぁ、上場した○○に勤めてれば勝ち組とかさぁ、そこで判断されたくないし、ほんとに
ちなみに、俺だけかも知れんがあんまり生きていたくない。○○やりたいとか○○実現させたいとか、全然思わん。
報われない社会に生きてても仕方ないもん。でも死ぬ勇気もない。だから、せめて回りに迷惑をかけないくらいの収入
生きることに必死になれない世界ってのは、いい世の中なんだろうか。俺は貧乏でもいいから生きることだけに
ニートの人間を無理に働かせたら、多分その大半が1年以内に鬱になるんじゃないかな。もしくは逃亡するか。
・相談受けるなら、その人の全てを受け止めるつもりで受けてください。鼻くそほじりながらの一般論が一番堪えます。
少なくても「お前の全てを受け止める」くらいの覚悟が出来ない人は接しようとしないでください。どうせ分かりませんから。
自分に対する期待値の高さ(自己愛)ってのは、親の教育によるんじゃない?社会が豊かになって、親離れが遅くなった。
子供は自分の言う事を聞く親を操ることによって、自分に対して全能感を持ち(ピストル持った位で強くなったと勘違い
そんな生ぬるい関係が居心地良くなって親離れ子離れが遅くなる。これは親から子供に対する教育が失敗した結果なんですよ。
「やるしかない」事はわかってんだって。でもやれないんだよ。上手く行ってる人は、この辺が絶対に理解できない。
そういう教育、そういう風潮のせいです。他人との競争にアイデンティティを求めざるをえない学歴社会が問題の1つと
全然分かってない。説明する気も無いんで、ニート問題には触らないほうがこっち側にとってもそっち側にとっても
ニートとACの関係ってのは、切っても切れないと思います。でも、意外とその辺のつながりを論じてる人って
めちゃんこ多いと思うよ。俺の周りはそんな連中ばっか。だから「早く戦争起きて核ミサイルでも落ちてこねぇかなぁ」
誰でも努力できる、なんての嘘だよ。努力すら出来ん人間もいる、と考えてくれる人、どれだけいるんだろうね。
>できることなら無人島行って同じようなタイプのニート集めてのんべんだらりと暮らせる小社会を作りたい。
フランス的なゆるやかな社会主義(詳しくは知らないので?ですが)と従来の資本主義との一国二制度なんてのはどうだろう。
お前が馬鹿馬鹿しいと思って想定もしていないぐらい楽チンで簡単なんだよ(器質的な欝に対策したとして)。
ただ、自転車の乗り方をいくら文章で書いても分からないように「誰でも出来るよ」としか言いようが無いんだわ。
ゲームだったら何度でもやり直すし、技が中々出なくてもちょっと考えて数分の間でも何度もトライするわけだろ
コントローラーも持たず、縦シューティングのスクロールの最下段に自機を放置して「難しい」じゃ無いんだよ。
ご丁寧に言えば、「コントローラー持ったのにクリアできない、俺は才能無い」ってのもおかしいの分かるだろ?
うんこも半年ほどやったけど、居心地良くて一生やってやろうかなって気持ちぐらついたし。あれはあれでいいもんだよ。
その部分で天秤が社会性のほうに傾くか傾かないかがニートと非ニートの境目だっつうなら、いっそ逆側に傾いてもいいんだよ。真ん中が見切れないから両極端に傾くんですって言うなら、逆向きゃいいじゃん。
そんときは汚いなーやだなーって思ってたけど、父ちゃんがたまたま酔っ払ってて「差別すんな馬鹿野郎」って叱ってくれたおかげで、いまじゃべつにホームレスもどってことないし。
あのときホームレスにお団子とかあげたら「イラネーふざけんな馬鹿にすんな」って叱られて、なんて理不尽なんだろうって思ったけど、父ちゃんはよっしゃよっしゃって笑ってくれたからな。
まぁうんこはあんたの父ちゃんじゃないから意味ねーかもしんないけど、笑ってやるだけならできるから。心配すんなよ。
認めてもらえないとかどうとか言うけど、それで家から出なかったらそれこそ誰も見ないんで、出た先がホームレスでしかないなら、いっそホームレスをやればいいんだよ。
ていうかそこまで腹括ったときに両親その他が止めてくれるっつうなら、そりゃそれだけでもありがたいことなんだから。そのへんを意地悪く試してみるのも面白いかもしんないよ?
緩やかに生きることが性分ですっちゅうなら止めようもないんで止めないけど、少なくともこうやってわざわざ訴えカキコするくらいなら、自分なりにそれ相応の状況認識や危機意識があるんでしょ?
んだったら、まず「隗より始めよ」じゃないけど、自分から堕ちなさいって。まだまだ堕ち足りないよ、そんなんじゃ。んだから誰も見てくんないんじゃないかな?
しかし900オーバーのコメントってすごいな。そんなに荒れてるわけでもなく(多重登録があるにせよ)まっとうなコメントがこんなに集まるとは。隊長見てる?
なんか周りの雰囲気が人生の遠回りを許さないという感じなんだよな.一度失敗するとそこで終わりみたいな空気が周りに漂っている気がする.
しかし900オーバーのコメントってすごいな。そんなに荒れてるわけでもなく(多重登録があるにせよ)まっとうなコメントがこんなに集まるとは。隊長見てる?
あなたの文章って逃げにしか聞こえません。「ダメな自分の全肯定」しか受け入れないってことでしょう。読んでてイライラします。
あなたの文章って逃げにしか聞こえません。「ダメな自分の全肯定」しか受け入れないってことでしょう。読んでてイライラします。
それに反グローバリズム運動はまさにアメリカが掲げる市場原理主義に対するアンチテーゼであり反抗運動に他ならない。
>あなたの文章って逃げにしか聞こえません。「ダメな自分の全肯定」しか受け入れないってことでしょう。読んでてイライラします。
そういう逃げってのは、社会的に許されないもんなんですかね?イライラするのは勝手ですが、それに対して「じゃあこうすりゃどうでしょう」というカウンターが出ない、否定ばかりする人間は、この問題に関わるのはよしましょう。そういうことを言われたこちらもイライラします。
>あなたの文章って逃げにしか聞こえません。「ダメな自分の全肯定」しか受け入れないってことでしょう。読んでてイライラします。
そういう逃げってのは、社会的に許されないもんなんですかね?イライラするのは勝手ですが、それに対して「じゃあこうすりゃどうでしょう」というカウンターが出ない、否定ばかりする人間は、この問題に関わるのはよしましょう。そういうことを言われたこちらもイライラします。
労働力として機能しない、働く気になっても金になるスキルは少なめ、消費者としてもニートがいなくても他の消費者(親とか)の手元にその分の金が残るわけで、特に需要は増えない。
そして働いてもいないのに食って、人によっては遊んでさえいるわけだ。そりゃむかつけばしがらみなくあしざまに言われるわな。
>上辺のレベルが上がりつづけている現在、ほっといたらどんどんニートは増える。でも上辺の人間は「ニートなんて
上辺の人間がニートに歩み寄らなきゃいけない理由はない。彼らにとってはゴミだし、ゴミがあふれてたら「誰かこの金を食いつぶすゴミを始末しろよ!」
淘汰はおこらんだろうが、団塊の世代がいなくなったら、大量採用の時代は来る。日本人じゃないかも試練がな。
ドル高が進んだ段階で、ドルを放出すれば好いという意見もあろうが、125円を越える事なんて未来永劫無いであろう。
頭の弱い有職者がニートが全て他の要因にして成り上がっているという誤植を広めることにより仙人型ニートがますます追いやられている事実がそこにある。何たる悲しいことだ。とっととクズニートは働けと言いたい。
ニートが猶予期間であるかどうか、というのは状況によるからなんともいいがたいけれども、実際に人間が活発に動ける時期は人生の三分の二程度。 60、70では流石に活発な働きというのは望めない。
今は大体最初に付く仕事がバイトの場合が多い。 というより会社の方が正社員切ってバイトにしてたりする。
サービス業や小売業なんかの接客業はバイトと正社員の能力差なんて殆ど関係ない場合が多いにもかかわらずだ。 バイトが正社員の仕事までしてる場所だってある
不況の長期化が、昔ならニートになんかならなくて済むようなタイプの奴もニートにしてしまったんじゃないのか?まがりなりにも居場所があるのと完全拒否されるのとは全然違うし、将来的にまあまあ安定してる(ような気がするだけだろうけど)のと、はじめっからいつ首になるかわからんのじゃ、仕事への気合の入れ方も違うだろ。
案の定最初からうまく逝く訳が無く、常識とやらが無かったり、知恵も経験も足りなかったりでその会社で一時
どんな言葉や態度を向けられたら「まとも」な家庭になったのか、幼いときの印象的な場面に立ち返って考えてみるのをお勧めするよ。
神長氏が掲げた概念はそうで、今も遜色ないと思うけど。だんだん、ココロ系の人々を召還するようになっていて、動きづらくなったというようなことをしばらくして言っていたような。
自分で勝手にそう思うならまだしも名言箴言を持ってきて理論補強するあたりがひ弱。そういうことやってるから「本当」が信用されなくなるんだろ。
だいたい格言なんて者は一つの意味を指す言葉があったらまったく逆の意味を指す言葉ってのもちゃんと用意されてる訳で用はそれを適所で使い分けてるだけだし。それを使ったから動という事はないよな
何も始めず体験もしてないくせに偉そうに人生見切った様な能書きたれてるのを見ると怒りを超えて哀れみすら感じる。
何も始めず体験もしてないくせに偉そうに人生見切った様な能書きたれてるのを見ると怒りを超えて哀れみすら感じる。
今まで買い貯めた本(ペンで線引きメモあり売却価値無)と共に静かに暮らす生活が壊れないことを願ってるだけだ。
世捨て人気取るなら「私は無人島で自給自足しながら本と共に暮らすのでほっといて下さい」くらいの気概は見せろよな。
働かなくても特に不自由しない生活が出来るのだとしたら、「働く気?そんなもんネーヨ」って平気で(或いは平気なフリして)言えてしまう人が一定数存在してもおかしくない希ガス
>世捨て人気取るなら「私は無人島で自給自足しながら本と共に暮らすのでほっといて下さい」くらいの気概は見せろよな。
切込隊長さんは 大物みたいだったので 貞ちゃんなんぞを逆恨みするなんてことも まず無いって安心していたってのも本音です♪
生意気みたいですけど 社会学的なものの見方や心理学的なものの考え方では かなり重なる考え方が 多いみたいな気がします。
ニートっていうか自発的失業者について調べてたんすが、いろんな角度から見ようとすればするほど収拾がつかず困ってます。大上段に「お前ら働け、さもなくば死ね」といえばそれで済むのかもしれんのですが、どうもそういう問題でもないような気がしてまして・・・
そこから最低限の税金は引かれるから、実質40万くらいじゃね、たしか。(物価が安いから、食うだけならいけるらしい、あくまで『食うだけ』ネットなんて出来ると思うなよ〜)
その出会いが全て仕事に結びつくわけではないですが、一組織に属していたら出会う機会の無い方ばかりでしょう。
そしてとある企業にアプローチされ、私は来年就職します。自分のスキルが生かせる職場で年収は400万です。
仮にそのまま次の駅が見つからなくても、怖がることはありません。外なら自転車も自動車も買えるのですから。
それに加え、一足先に自分の安泰を図る上の世代のあおりもモロに喰らい、身体も疲弊し、心身ともにボロボロです。
仕事の受注なきゃニートそのものの生活なんですが、仕事を続けてくうちに人のつながりってのが物凄く面白くなっていくのを実感します。
最近旧帝大のレベルが落ちてるようなので、表現力と頭の訓練をかねて近いうちに大学に入り直すべく勉強もやってたりします。
>■「30代前半の男です」さん、ウダウダ言わずに目の前の仕事をやれよ。ただそれだけです。あなたは自分がうまくいかない理由を散々語っていますが、そこがあなたが幸せになれない最大の要因であって、ウダウダ言っている間に、目の前にある仕事を一個一個こなしていく。すると、急に人生が楽しくなってきます。
私が発見した具体的なテクニックやノウハウをお教えすることはできませんが、発想を転換するヒントだけお教えします。
wWwさんは商売の体裁や数字計算が完璧じゃないと、起業は失敗すると考えていらっしゃるように感じます。
自分達の都合の良い「構え方・型」をして欲しいのです。彼らが勝てる「構え方・型」で挑んできて欲しいのです。
願わくば、このエントリー&コメント一覧が多くの悩める若者に、チカラを与えるエントリーになることを期待します。
>私が発見した具体的なテクニックやノウハウをお教えすることはできませんが、発想を転換するヒントだけお教えします。
当たり前なので、そこでビビらないで下さい。吐いたツバは飲めませんが、地面には残ります、みんなに見える形となって。
その点はwWwさんのおっしゃるとおりです。昔のように全員がハッピーになれないのを私もwWwさんも知っています。
こんな時代だからみんなと繋がっていたい、みんな置いてかないでくれよ。という心理があると確信しています。
そしてそこにメディアが油を注ぎます。発火元は燦燦と燃え輝き、大多数は薪となり、何人かは滑り落ちていきます。
結局は教室の社会の延長です。まずはどのクラスでもいいので教室に入って、大きな声で自己紹介をして下さい。
> しかし、一個問題が発生。ロフトプラスワンで提供しているものはビールではなく発泡酒らしい疑惑である。これではビール党を開催しておきながら、そこで飲ますのは発泡酒だという実に本末転倒な事態に陥りかねない懸念が各所から表明されている。まるで創価学会の大会で牧師を呼びつけるようなものだ。これではいけない。
> それでも私は思う。酔っ払えればそれでいいじゃないかと。ビール飲みの本質とは何か。酒を飲み、酒を飲む場で酒を飲むもの同士交流する楽しさを味わうことであり、一人でビールをあおるときは物思いに耽り世の中のことをあーでもないこーでもないと自分のことを無造作に棚にあげて時間を潰す所業の数々である。
ついでといっては何だが、話がヨレるのを覚悟して書くと、個別の事例を元にいろいろな考えを進めていくと、経済学的な話とは別に醜悪恐怖症とか対人恐怖症とか心理的な問題と社会学的な問題にブチ当たることのほうが多いと。
で、そんなもんは個人の責任だぜと突き放すとして、ではニートと言われる属性が思われているよりも実は多そうであることを考えてみると、そういった個人の責任で自発的失業者になるメカニズムのようなものが内在されてんのかなと思うわけだ。もちろん、経済学的に見れば個別事例はともかくドラエモン氏が指摘していたような構造は見てとれるとして、ではこの状態が社会的に常態化したとき私たちの世間はしばらくすると随分違った風景になるのかなと危惧するわけだ。
ニートは自力で脱出することは不可能とみて間違いないでしょう。可能なのはニートから脱出せざるを得ない出来事が起こった場合だけだと思います。その出来事とは国内政治でのニート規制関連法案(課税強化や徴兵・強制就労など)成立か、扶養者の死亡もしくは失業に伴う無収入化です。
ニートになる過程を分析して有効な予防策を立てることが重要です。周囲が批判するだけではどうにもならない。国による大規模な調査の実施は不可欠。共通項を取り出し、小学校〜大学までの教育課程の中に予防線を張る。現ニートに対してはアメとムチを上手に使い分ければ、自尊心をくすぐりヤル気を引き出しつつ低賃金でも働いてもらうことに成功するのではないか。現在の失敗はニート分析不足が原因だと思います。どれほど社会的損失が大きいかという明確な数値発表を含めた国民への周知徹底による世論形成。早い調査の実施を(こういうことに税金を使ってください日本政府)。ニート対策の実施者として公務員が不適格なら第三セクターか民間団体に委託するべきです。関連NPO法人への支援の充実を。ネクタイにカッターシャツの公務員の根城である職安は雰囲気的によくない。抵抗感を減らす努力が必要です。
「次に予測されるのは、ひきこもりは多分頭打ち、高年齢化は進むでしょうけれども、数としては増加はとまるであろうということと、もう1点はヤングホームレスの増加という形に多分移行するんではないかということが予測されるわけなんですけれども、ですから西欧型社会がひきこもりを生まないからすばらしいとかじゃなくて、当然ヨーロッパ、アメリカ等でヤングホームレスの急増ということが問題になっているわけですから、それはそれで別種の問題であるというふうな見方はできると思います。」(斉藤環)
「モラルハラスメント」という言葉をご存じだろうか。しつこい叱責(しっせき)や、相手の人格を否定するような言動を繰り返すこと。一つ一つの行為は小さくても、継続することでダメージが大きくなる心理的な暴力。まだ、なじみの薄い考え方だが、多くの職場や家庭に潜在している問題だ。 (岩佐 和也)
モラルハラスメントの問題に取り組んでいるのは、熊本市の市民団体「こころのサポートセンター・ウィズ」。二〇〇〇年春に発足。心のケアに関するワークショップ、カウンセリングなどの活動をするうち、フランスで提唱されている「モラルハラスメント」という言葉に出合った。
メンバーの一人で、四十代のA子さんは、職場の先輩の女性からの嫌がらせで、退職に追い込まれた経験があり、この言葉で、自分の苦悩の正体がくっきりと分かった、という。
当時のA子さんの仕事は事務で、職場に届く封書を毎日のように開封していたが、ある日突然、年配の先輩から「なぜ勝手に開封したの」と、とがめられた。続けて浴びせられた言葉は「あなたは分限をわきまえてない」。A子さんは困惑した。
嫌がらせは翌日以降も続き、「手紙の保管場所が悪い」「なぜ、手紙が届いたことを最初に連絡しなかったのか」などと、次々と叱責を受け、最後は必ず「あなたは分限をわきまえていない」と言われたという。それが半年以上続いた。
A子さんは体中にヘルペスができ、ストレスから過食症になった。「恐怖心が募り、その人と同じ部屋にいることさえ嫌になって…」退職した。
性的な嫌がらせをする「セクシュアルハラスメント」や、職権を利用して理不尽な要求をする「パワーハラスメント」と違い、表面的な被害は小さくて、他人から分かりづらい。
「他人にはなかなか理解してもらえないことが、モラルハラスメントの対策を難しくしている。今は、こうした実態を広く伝えていくことが大切」と、ウィズでカウンセリング業務を手がける西原鈴代さん(45)。
ウィズに寄せられる相談の中でも、関東地方に住む二十代の会社員男性Bさんのケースは、典型的な「モラルハラスメント」だった。
書類上のミスについて「こっちで訂正しておくよ」と気軽に言っていた上司が、突然「ミスは自分で訂正すべきだろう。なぜ自分で責任を取らないのか」と怒りだした。そして、ため息交じりに「君は何も理解してないなあ」と付け加えた。
そんなやりとりが毎日のように続くようになり、Bさんはうつ状態になって、心療内科へ通うようになった。
「どうしたらいいのか分からなくなった。こっちがミスしたのだから何も言えないのですが、それにしても…」とBさんは振り返る。
厚生労働省によると、各地の総合労働センターには二〇〇三年度、職場でのいじめや嫌がらせに関する相談が一万千六百九十七件、寄せられた。前年比70%以上の増加だ。
こうした事態に対応しようと、東京都で十一月下旬、司法書士らによるモラルハラスメントの研修会が開かれた。被害の実態を理解すると同時に、法的にどう対処すればいいのかを考えるのが目的だった。
モラルハラスメントに対応する法律はまだ整備されていないが、今月二日に施行されたドメスティックバイオレンス(DV)防止法の改正法では、身体に対する暴力だけでなく、言葉や態度などによる精神的暴力も規制の対象行為に加えられ、研修会に参加した司法書士は「心に傷を与える言動そのものが、暴力として認められた意味は大きい」と指摘した。
講師として参加した西原さんも「研修会が開かれたこと自体、大きな前進。今後は、被害者が自分の受けたことを話せる環境づくりが必要だと思う」と力を込めた。
言葉や態度などによる精神的な暴力。長く続くと被害者はうつ病などに陥りやすい。ウィズが作成した冊子によると被害者自身の認識が乏しく、逆に罪悪感に悩まされる場合も。加害者はどちらかといえば自分の価値観を絶対視する傾向が強い人が多く、被害を与えているという自覚も乏しい。被害から脱出するためには、自分の被害を認識すること、話せる環境に身を置くこと−が大切。冊子は1部1000円。ウィズ=電096・339・0276。
一番下のかきこみのひとが貼っているリンク集を読むと、会社に限らず家族、恋人、友達、あらゆる関係の間にモラルハラスメントが起こりうるそうです。
被害者は自分の人間性を非難され「ダメ人間」のレッテルを貼られますが、加害者は巧みに「非難されるのはおまえに非があるせいだ」と思わせるため、被害者自身がそのレッテルを素直に受け入れ、自己を否定してしまうことがあります。
しかし、被害者が自己を責めつづけるかぎり問題は他人に気づかれにくく、加害者の支配からもなかなか抜け出すことができません。しかも、加害者は「ダメなおまえを受け入れられるのは、私しかいない」と自分を唯一の理解者であるかのように思わせ、支配から逃れようとすると「おまえのために自分を犠牲にしてきた私から離れようとするなんて、最低な人間だ」などと罪悪感を植えつけることもあります。
被害者が素直な性格をしている場合、加害者が自己満足を続けたいがために言葉で巧みに操っていることに気づかず、こうした言葉に惑わされて自ら犠牲的立場をとりつづけてしまうこともあるのです。
フランスの精神科医、マリー=フランス・イルゴイエンヌ氏は、著書『モラル・ハラスメント』のなかで、加害者を「自己愛的な変質者」「症状のない精神病者」であると語っています。
モラル・ハラスメントを行う加害者は、幼少期に精神的に貶められた経験から転じた自己愛性人格障害の持ち主であり、自ら症状を自覚していない人であるということです。
加害者本人も過去にはモラル・ハラスメントの犠牲となった不幸な人であるため、自然にそれが被害者にも伝わり、同情から加害者を擁護して受け入れてしまうこともありますが、しかしそこでとどまっても状況は好転するわけではありません。
実家で迎えたこのお正月、彼の姿を見て絶望的な気持ちになり・・何か、ニートの人が立ち直った例なんかを見たいな〜と思ってこのサイトを見ていましたが、そんな希望の話は無いものでしょうか??
たまに遊びに行って、嫌われる言葉を掛けるのも嫌だし、彼の苦悩も感じているし、両親もかわいそうだし・・。
現在ニートの方、姉は一体どうしたら良いのでしょうか?遊びに行く事自体が、ニートの人には迷惑ですか?力になりたいと思う気持ちも迷惑ですか?
東京商工リサーチのは、管理職の場合を書いてます。(ちなみに、いままでに見かけたその手のひとは女ばかり。男でもいるのですね)
自分からカウンセリングに通い出し、薬を服用しているうちに回復していき、今ではフルではないけど働いています。
この問題の難しいところは既に観念的に遊離している対象に対して、事物を一般化、抽象化して語っても無意味であり、個別具体的に事態を解決していくしかないということ。日々の惰性、繰り返しから抜け出すには小さな達成感と、ごくあたりまえの周囲からの認承を繰り返しながら、少しずつ不全感を解消し、あたりまえに周囲とコミュニケーションしていくしかないと思う。おそらく解決の仕方は試行錯誤(Try and Error)を繰り返していくしかないということを一般論ではだれでもわかっている。問題は、個別具体的にその人に還元した場合、どんなにささいなことでもその人にとって多少なりとも達成感の得られることとはなにか、いったいだれに認められたら嬉しいのかということが、結局その人の実感でしかわからないこと。そしておそらくその人自身もやってみるまで、ほめられてみるまでわからないということ。現段階においてこの問題に対する最も有効な解決策は、中原昌也の言うところの「ドンドンやってみる。どうせならなるべくやりたくないことをする。たとえばみんなでイラクにどかどか行ってみるとか」ではないか。思考の遊びとしても自分がなにがしたいかを考えるよりも、何がしたくないかを考えたほうがアタマにとって健全だと思う。

 

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