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三子とは?/ ディック

[ 494] 三子山・四方草山()
[引用サイト]  http://home7.highway.ne.jp/mima/tozan/99/990116.htm

ずっと気にかけていた山がある。四方草山という山である。鈴鹿山脈の南端ともいえる山域で鈴鹿峠と安楽峠の間にある。鈴鹿峠から南の高畑・溝干山などは登ったことがある。北側も三子山までは行ったことがあるが、そのさきの四方草山までは行ったことがない。
それにしてもこの山は何と読めばいいのだろう。昭文社の地図によれば「シオソ」とカタカナでふりがなを書いてある。私はずっと「しおん」と読んでいた。「春ジオン・秋ジオンなど菊科の花があるがその辺をかけているのか」と勝手な解釈をしていた。これは「四方草(よもぎ)」と読む場合もあるので「しおん」を連想したわけである。しかし「しおん」は「紫苑」という字があるようで、「しおそ」と読むのが正しいのかもしれない。意味はわからないが・・。
いつものように遅い出発である。この辺の山なら朝から来ればもう帰宅している時間である。踏み跡も薄い山域なので人に会うことはまずないであろう。
鈴鹿峠からしばらく東海遊歩道を辿る。鉄塔のあるところから三子山・四方草山への稜線に入る。鉄塔から超高圧の影響なのか風によるものなのか、送電線からぶきみな音がする。右手に国道1号線を見ながら三子山までは本当に三つの山を越えていく。最初の山などは捲き道があってもよさそうであるが、三つ共に山頂を踏んでこそ三子山なのかもしれない。
三子山から先が本日の課題である。一旦大きく下る。桧の植林帯である。鞍部は倒木が多い。登りにかかると鹿よけかネットが現れる。目的は若木の保護のためのようだ。急な細い稜線となるが、この部分も倒木が多い。やがて岩場があらわれ、ロープを使って下降する。道はさらに細くなりキレット状の稜線を行くことになる。目の前に南峰のピークが現れるが、道は一旦下り、大きく捲き道になっている。このあたり、他の稜線からのルートも交錯している。ピークへの登りにかかればあとは一本道である。
南峰の山頂付近から雪が付きだす。午後のこの時間なので凍っている心配はない。笹も現われやや藪っぽくなるが道ははっきりしている。
山頂は切り開かれており、二等三角点があった。まわりは笹で覆われており眺望は今一つであるが、北には雪を頂いた鈴鹿の主脈が望まれ、昨年登った臼杵山も指呼の間にある。ここから安楽峠への道も難路との記述があるが機会があれば挑戦してみたい。
下山にかかったが、ルートが交錯している捲き道の部分でその道に少し下ってしまった。三子山の戻ってヘッドランプを準備したが、使用せずに下山できた。短時間であったが、ルートファインディングあり、岩場あり、雪道ありで充実した山行であった。予想どうり人に会うことはなかった。
多くの変名、別称をもつ山だが、この山域最大の山で南北に細長い山体をしている。南の端にはキレットをもち岩峰をさらに続けている。このキレットの南の突峰が四方草山の特徴を決定づけており、近江側からみると鮮やかスカイラインを描いている。
山女原からみると霧ゲ岳が立派で、四方草山は奥山の感がする。現在使われている山名の四方草山は山女原の小字名「四方草」から束たもので、三子山へかけて付近一帯は草地が多かったことを物語っている。しかしいつのころ草地になったのかは不明であり、極相のものではないようである。
『甲賀郡志』では「冷水嶽」といっており、次のように述べている。「冷水嶽は山内村大字山女原の東南に在り、東は伊勢国鈴鹿郡に亘り、西は当大字に属す。巨巌重畳し雑木其間に群生、潤泉撃幽にして盛夏も暑気を忘る。されども登路なし。其の東に連なるを『霧ケ嶽』と称す。」とあって、現在のような草地状を表現していないのである。箪者の解釈では、山頂は明らかに冷水嶽であり、四方章山は下方の(山頂部をふくめた)草地を一括して小字名としており、単なる地域名であることが判る。山女原の小字名を調べてみると四方草山の字名の中にやはり「冷水嶽」が存在しており、正確には近江側に関するかぎり「冷水嶽」が順当な名称のようである。しかし現在では「四方草山」の名が定着しており、初期の頃の採名の不備がくやまれる。また霧ヶ岳の名称も明らかに現地を指しており、これも動かないものとみられる。問題は伊勢側の名称で、努力しているが不調であり残念である。四方草山は類似の名称として「四放草」「四尾草」などがあるが、小字名は「四方草」なので統一した方がよいだろう。「塩層山」の名は『角川地名大辞典』に見える名称で、同辞典は「四方草」の名称も使用しており、統一性がなく混乱している。塩層山の名は意味不明で塩に関係する場所でもなく、あて字ではないかと思う。
『雨乞習俗の研究』では、山女原を「乙女原」と称し、雨乞対象の山として記録している。「乙女原の太鼓踊りも隣りの黒川と固じものだが、氏神様で踊った後、伊勢境の『四王山』に登って火を焚いて踊った。」とあり、ここでは四王山の字をあてているが、山は固じである。この場合の四王山はどこから来たのか不明であるが、小字名もないことから、間き間違いかあて字の可能性もある。しかし四天王との関連もないとはいえないので捨てるわけにもいかない。四王山の名はもしかすると四方章の原意どして四尊を祭祀したことにあるなら、四王尊となり、四方草の源流となる。
伊勢側で四方草山に当りそうなものを見ると、『三国地誌』に「西峯」と「大黒山」が見える。このうち西峯は「峯最高き者」と述べるに留まり詳細不明ながら、付近で最も高き峯とは四方草山に他ならないことから、これをいっているのかも知れない。しかしこれも推察の域を出ないので参考としておきたい。

 

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