アイフルのサイトです。
育児 中古 武富士 大阪 アキュラホーム 中立 評判 駐車 頂け 安く 時間 トヨタホーム 入浴 防犯 駐車 ロイヤル 借金 福山 コメント 可児 借金 徳島 コレクション ベビーカー 宣言 関連 明日 リクエスチョン 決意 ?

生還とは?/ アイフル

[ 117] iolog: 福知山線事故生還から二夜あけて。《脱線事故全記録》
[引用サイト]  http://io5.no-blog.jp/iolog/2005/04/post_60b2.html

ホームは普段と変わらない混み具合で、私はたまたまホームの人が途切れている場所で足を止め、電車を待った。いつもどおりに電車がホームを滑ってきて、私は(後でわかったが)4両目の前方のドアから乗車した。(その時はもちろん自分が何両目に乗ったかなんて気にもとめるはずがない。)
車内の座席は埋まっており、立っている乗客もかなりいた。私は車両前方の3両目とのつなぎ目のドアの所にスペースを見つけ、進行方向左側(後にマンションの側となる)を向いて立った。
いつものようにバックからノートを出し、読んでいたが、発車して2、3分たって、私はあることが気になった。
(後から考えると、その時のふとした行動が、私を含め4両目の前方の乗客の命を救ったことになったのだ。)
その時はあきらかに、「徐行バック」といえるものではなかった。一度止まった電車が突然後ろに走り出し、私は「え?!」と顔を上げたくらいだ。
「ガガガガガガガ」と突然電車がすごい音を立てながら左右に揺れた。つり革を持っていた乗客もみんな立っていられないほどだった。
つり革も持たずドアに寄りかかっていた私はとっさになにかをつかみ体を支えようと必死になった(おそらく)。
まるで何か、岩場のような所を走っているかのような振動と音がして、それと同時にゆっくりと目の前のものが次々に壊れ、形を変えていった。
目の前のガラスが粉々に割れて飛び散り、そのあとに何かが車両の左前方にぶつかり、めりめりと車両を破壊していった。(あとでそれは脱線してスピンした3両目だと判明)そしてあたりは砂埃と煙(?)で真っ白になり、一瞬何も見えなくなった。
私は揺れながら何とか体制を立て直そうと努力し、周りを見ながら安全な場所と体勢を探していた。(ここははっきりと覚えている)
後で、多くの人に怖かったでしょ・・・と言われるが、正直怖くなったのは電車から脱出して何が起こったのか把握してからで、とにかくその瞬間は「怖い」というより「負けるもんか」という感じだった。
車両の一番前にいた私は、なぜか手を伸ばして壊れた車両の隙間でガラスまみれになったノートに手を伸ばして拾い、後ろも振り替えずにその外れかかったドアから外に出た。
車両と地面の差は150センチほどだっただろうか。車内から飛び降りようとしたとき、足元にはぐちゃぐちゃになった(線路脇にあるはずの)フェンスが無残な状態でそこにあった。
自宅に電話する。こんなことが起こっているなんて、関東にいる母親は知る由もない。母親の声を聞いて涙が溢れ出し、まったく言葉にはなっていなかったがとにかく目の前で大変なことが起こっていることを告げる。
なにをどう説明してよいのかわからない。とにかく、電車がすごい脱線していること、足を打ってすごく痛いこと、ストッキングが破けたこと、ガラスが靴の中に入って足から血が出ていること。このくらいは伝えられたような気がする。
ヘリが飛んできた。(各新聞社のヘリは伊丹(空港)に常駐している為、事故へ駆けつける早さとしては最速だったろうと思う)
あー、ヘリの到着順序で現場の旋廻高度が決まるのかな・・・(早く着いたヘリから一番近くを飛べるのかな・・・)
救急車、消防車が次々に来る。レスキュー隊がすごい勢いで動き回り、近くの工場に働いている人(作業着を着ていた)も何か金属の棒を持ってきて、車両のドアをこじ開けていた。
一日中どきどきして仕事にならなかったけど(いや、ちゃんとしましたよ)、でも会社行って本当に良かった。
私は、過呼吸症候群という病気なのですが、しばらく発作がでていなかったのに、写真を見た途端、あまりの悲惨さに、症状がでてしまった程です。
本当に悲惨な事故だ。この記事執筆時点では50名の死亡となっている。出来れば、これ以上増えてほしくない。
小さい頃から電車がそばにある環境で育ち、事あるごとに電車のお世話になってきた身としては、今回の事故はかなりショックを受けてます。
再び脱線事故に絡む事だが、ちょうど阪神大震災から10年目に、同じような不安をかき立てる出来事だと思っていたら、やはり同じように感じている人は多いのだとわかった。
JR福知山線(宝塚線)の事故は、厳しい運行状況をフェイル・セーフの考えもなく、現場の緊張感に大きく依存していたことが、その背景にあることが明らかになってきた。 「背景」というよりむしろ「主因」であると私は考えている。現場の(非現実的な)緊張の持続に頼るから、「日勤教育」のような前時代的なことが行われ、現場の人間を精神的に追い込み、健全でない精神状態(うつ状態など)が、さらなる危険を招いているという構図だからである。 このような構図は経営者、管理者が日常的なトラブルの原因... [続きを読む]
福知山線関連の記事をいろんなブログで見ていて、あの車両に乗っていらして無事生還された方のブログを発見しました。↓
この方は4両目の一番前にいらしたようですが、ちょっとした動作が分かれ目ということがわかりました。ホントにこの方、ご無事で良かったです。
多大な犠牲者を生んだ列車事故から生還者の報告がBLOGで発表されています。生々しい体験のリポートからマスコミでは報道されない事故の原因の究明、そして事故防止の方策が秘められていると感じました。
連日、新情報が続けざまに報道されている。鉄道に関して、私自身、全くの無知ではないので、聞いているとちょっと間違った報道の仕方をしているな、と思う事もあるが、とにかく、大変な事故が起きてしまった。悲しい事故が起きてしまった。ニュースを見る事すら辛くなって、つい当た... [続きを読む]
乗り込んですぐの扉口に立ち、ドアが閉まるとそこに体を預けるようにもたれ、先ほどの打ち合わせの資料に目を通し始めた。
しばらく読んでいたのだけれど目の疲れでいったんやめ、顔を起こして車内をなにげに見回した。その車両には乗客が10人程度で、僕以外の人間はみんなシートに腰掛けていた。この時間帯だとこんなに空いているのか、?... [続きを読む]
尼崎脱線事故についてまだ多くの報道がなされているが、原因究明などの話になると、そんな短絡的でいいのかな?と思うことが多い。
昼休みに弟から電話があった。第一声は「大丈夫か?」だって。一体何事かと思ったら、福知山線の尼崎−塚口間で列車事故があったらしい。ネット検索してみると結構大きな事故である。 いつも立ち寄っているblogを読んでさらにびっくり。知り合いがその列車に乗っていたらしい。たいした怪我もなかったようなのでほっと...... [続きを読む]
ほかの私鉄に乗りなれている僕は、時折JRに乗ると、ほかの鉄道会社に比べて狭い線路幅なのに猛スピードで走る車両に恐怖感さえ覚えます。他社との競争による異常なまでの過密ダイヤが、運転士に心理的負担をかけていたことは否定できないと思います。
えてして日本では、航空機や鉄道など大量輸送機関で大きな事故が起きた場合、調査担当者も報道関係も運転士など個人のミスと断定しがちです... [続きを読む]
ほかの私鉄に乗りなれている僕は、時折JRに乗ると、ほかの鉄道会社に比べて狭い線路幅なのに猛スピードで走る車両に恐怖感さえ覚えます。他社との競争による異常なまでの過密ダイヤが、運転士に心理的負担をかけていたことは否定できないと思います。
えてして日本では、航空機や鉄道など大量輸送機関で大きな事故が起きた場合、調査担当者も報道関係も運転士など個人のミスと断定しがちです... [続きを読む]
ほかの私鉄に乗りなれている僕は、時折JRに乗ると、ほかの鉄道会社に比べて狭い線路幅なのに猛スピードで走る車両に恐怖感さえ覚えます。他社との競争による異常なまでの過密ダイヤが、運転士に心理的負担をかけていたことは否定できないと思います。
えてして日本では、航空機や鉄道など大量輸送機関で大きな事故が起きた場合、調査担当者も報道関係も運転士など個人のミスと断定しがちです... [続きを読む]
尼崎の電車事故に遭われた方の日記を読んだ。4車両目の前方に乗っていた女性の方の日記。とても生々しい体験で読んでる内に涙が止まらなくなってしまった。あれから正直JR西日本の電車に乗るのが恐い。しかも事故…... [続きを読む]
尼崎の電車事故に遭われた方の日記を読んだ。4車両目の前方に乗っていた女性の方の日記。とても生々しい体験で読んでる内に涙が止まらなくなってしまった。あれから正直JR西日本の電車に乗るのが恐い。しかも事故…... [続きを読む]
皆さんご存知の通り、福知山線(JR宝塚線)で、大きな列車事故(脱線事故・転覆事故)があったようです。 私は、以前宝塚に住んでいましたし、その前はJR宝塚線の終点である篠山口にも住んでいたため、非常によく乗っていた路線でした。それだけに、あれだけ現実離れした惨状が広がっているのが、信じられない状況です。 そもそも、JR宝塚線の尼崎駅へのアプローチは、1997年の東西線開業時(篠山口までの複線化完成)の大幅なダイヤ改正を行った際に、線路も付け替えを行いました。そして、もともとは塚口駅から旧尼崎港駅(福知... [続きを読む]
尼崎市で発生した福知山線の大事故につき、犠牲者の方には謹んでお悔やみ申しあげます。 鉄道はもっとも安全な交通手段の一つであるはずです。運行はATSなどコンピュータで綿密に制御されているので、列車同士の正面衝突などまず起らない仕組みとなっています。 それ..... [続きを読む]
尼崎市で発生した福知山線の大事故につき、犠牲者の方には謹んでお悔やみ申しあげます。 鉄道はもっとも安全な交通手段の一つであるはずです。運行はATSなどコンピュータで綿密に制御されているので、列車同士の正面衝突などまず起らない仕組みとなっています。 それ..... [続きを読む]
JR西日本のボウリング釈明会見をTBSにて見る。つるし上げ並の勢いでの糾明。だけど、普段はマスコミも案外杜撰な気がするけどな。ただ、こういう場合に事柄を明らかに知る手段としてはマスコミ以外はないんだろう。「気を付けなくてはいけないのは、マスコミの情報を全て鵜呑みにしてはいけないこと」という内容を話していた明石英一郎の話を思い出す。 おとなり日記になっていたid:papapapandaさんの日記を見る。私もよく今のところ自殺者出ないでいるなと思うし、自殺者を出すまでマスコミは叩き続けるのだろうと思う。... [続きを読む]
この事故で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。事故当日から連日のように報道されているJR福知山線の脱線事故。当初は大惨事に言葉を失い、情報を食い入るように見ていました。被害者にマイクを突きつけ、お葬式に押し寄せるマスコミ。本当は何も考えられないくら...... [続きを読む]
ヘリが飛んできた。(各新聞社のヘリは伊丹(空港)に常駐している為、事故へ駆けつける早さとしては最速だったろうと思う)
あー、ヘリの到着順序で現場の旋廻高度が決まるのかな・・・(早く着いたヘリから一番近くを飛べるのかな・・・)
兵庫県尼崎市でJR福知山線脱線事故が起きた先月25日、JR西日本大阪支社の天王寺車掌区の区長を含め職員43人が、予定していた懇親目的のボウリング大会をそのまま開催していたことがわかった。
4両目に乗車されていた女性で、事故後、足を引きずりながらなんとか会社までたどり着かれたそうです。事故の時の車内や直後の現場のようすなどが写真付きで詳しく記述されています。記憶のない私にとっては全てが興味深い内容です。事故の2日後に書かれた臨場感あふれる記..... [続きを読む]
読ませて頂いて、その時の様子が良く伝わってきます。あまりにも突然な事なので自分が同じ状況なら同じ様な行動をとっていたと思います。
うまく伝える事が出来ませんが、足のケガを早く完治してもらう事とともに、大変な事故遭遇してしまった事に心を痛めてると思います。これ位しか言えなくてスイマセンが、頑張ってください。
乗車してた方にしかわからない描写で、不謹慎かも知れませんが臨場感がありまし、やはりそうゆう現場には居合わせたく無いなと思いました。
だけど、大きな出来事に巻き込まれたときは、周りの人にどんどん話す事でショックも早く和らぐように聞きます。
私の知人も、いつもはこの電車の2両目に乗っており、たまたま早く駅についたことで一つ前の電車にのって難を逃れたと聞き、震えが止まりませんでした。
淡々と記した文章だからこそ、伝わるものが大きいです。思い出すのもいやでしょうけれど、とにかく無事でよかった。
新潟地震で奇跡の救出をされた皆川雄太ちゃん。また520人の犠牲者をだした日航ジャンボ機「御巣鷹の尾根」墜落事故(1985.8/12)から、奇しくも今年は20年目に当ります。あの時、やはり奇跡の生還を果たされた川上慶子さんは、2003年にご結婚をなさったとか。みなさん。しっかりと逞しく生きておられる様です。どうぞ頑張ってください。
亡くなった方、怪我を負われた方、それに命に別状無くても心に傷を負った方が沢山いらっしゃるのですからJRは誠意ある対応を早急にすべきでしょうが・・・どうも報道を見ていると、それもあまり期待できない状況の様子。
無念にも命を失われた方々、心と体に深い傷を負われた方々、さらにご家族、ご友人、知人の方々のことを思うと、悲しくてつらくて、やるせなくなります。
イオ子さんが何気なく扉を閉じられたことが、ご自身も含め、多くの方の命を救ったのかもしれません。ありがとうございます。
そして、こうして記録を残してくださったことにも、重ねて感謝申し上げます。イオ子さん、どうか無理をなさらず、ゆっくりと心を休めてください。
そして、犠牲になられた方々が安らかに眠られることを、傷つかれた方々には少しでも幸せが訪れますことを、願っています。
謝ってTBを3本もつけてしまいました。お手数ですが、お暇なときにでも削除してください。その際はこのコメントも削除をお願いします。
大勢の方がおっしゃていますが、本当に大変でしたね。申し上げられることは、とにかくお体とお心を大事になさってくださいということだけです。
連結器のドアを何気なく閉めた、というところ、本当にたくさんの方の命を救われたと思います!。たとえ、その時何の意識もしていなかったとしても!。読んでいて、どきどきしました。
乗り物に乗ることは避けては通れないことです。世の中が超高速で回っているそのつけが、こんな痛ましい事故になって現れたかと思うと、まったく他人事ではすまないと思います。しかし、今は、関係者の方が一日も早く、日常の感覚に戻れる様に祈るのが精一杯です。
イオ子さんは、文章からお察しするととても日常を大切にされている方だろうと思います。どうか、そのまなざしを大切に育んでください。文章もとても冴えた印象です。こうやって、ブログを書いてくださって本当にありがとうございます。(うちのH.Pでも少し紹介させてもらってもよろしいでしょうか?)
初めまして。この体験を書いてくれてありがとうと言いたいと思います。本当に大変な体験をされましたね。
私は神戸線に毎日乗っているのですが、事故に会った車両と同じタイプに乗っていたので、あれから電車に乗る度に毎日色んな事を考えてしまいます。
ニュースを聞いたとき、関西にいる弟の事が頭をよぎりました。土地勘が無いので(北海道に住んでます)関係なくとも心配でした。遠い空の下、あなたが生きてくれていた事に、たくさんの人が「ありがとう」と思ったでしょうね。ニュースでは伝わらない体験を書いてくれた事、感謝いたします。どうぞこれからもお体に気を付けて。
TVの報道は、責任、原因、失態・・・そのような言葉ばかりで、そこに被害にあわれた方が居ることを失念しているように感じます。一部の報道かもしれませんが。
今日、ioさんの文章で改めてそこに人が居ることを感じて涙が出ました。ありがとうございます。これから大変でしょうが、どうぞお体に気をつけて。
この事故で娘さんを亡くされた藤崎さんには印刷でお世話になったことがあり、革マル派と密接な関係にあり大阪では公明党を支援するJR総連と、置き石説の隠蔽を図った公明党の国土交通大臣も提訴するように勧めています。保線の専門家によると、車両や線路の異常も考えられるが、JRの企業体質として言えないそうです。20年前までは田舎電車でしたが、武庫川渓谷はダム建設で付け替えてもらったので、ダムも中止にしにくいのでしょう。亀岡ではトロッコが走っています。鉄道事業は、利便性を求める乗客と労働者の利益とは常に対立関係にあるのに、労組は国鉄時代同様内紛に明け暮れています。利害の対立する者が本音で語れることが事業の信頼につながり、そのためには訴訟も有効かと思っています。
私は、以前鉄道技術(特に車体制御)で飯を食っていたこともあり、また現在は自動車の側面衝突の関係の技術に関与しております。その知見から申し上げますが、現象を把握することが一番ではないかと思います。これはこの手の事故が再現性が取れないということからおこることであり、実は複合要因がかなり絡み合っていると思われます。もちろん色々な勤務体制だとか言われていますが、それらはひとつの切片にしか過ぎません。
親族が塚口にすんでたことがあり、時々京都や京田辺から乗っていきました。あそこの線形に(歴史的な由来もあり)かなり無理があったというところも分からないではないです。しかし、それのみに責任をおっかぶせるなら、日本の鉄道のかなりの部分はそうなるという現実もまたあるのです。
はっきりいって、マスコミが騒ぐのは、それを生業にしている以上当然なのですが、その中には(いい表現ではありませんが)扇動じゃないのかと突っ込みをいれたくなる論調もありますね。
それにしても、被害者のかたはよくぞここまで詳細に書いていただきました。自分は過呼吸器症候群の発作が起こるのですが、(男はすくないんですけどね)あのような文章を淡々と書かれると言うことは、わたしには体が受け付けません。
でもシニカルな目をもって見ることは、今回に関しては必要ですよ。ですから、私は、技術者の一人として信念を持って繰り返しいいます。
末筆ですが、精神的にも体力的にも早いご回復を祈念しております。(同僚にサリン事件でかなり精神的ダメージを受けた人がいましたから)
新しく登場したブログが、マスコミをしのぐ情報媒体として育ちつつあるのを実感してます。その意味からもあなたのこの記事には注目しています。
そこでお願いがあります。今からでも良いのでアクセスカウンターを設置してもらえないでしょうか。是非お願いします。
事故が起きて以来何度となく事故を取り上げてきましたが、そんな検索の中でイオ子さんのブログを拝見しました。読みながら涙ぐんでしまいました。大変な思いをされたこと、心から早くお元気になられますようお祈りしています。
今回少しご質問したいこともあって(メルアド探したんですが記載されてないようなので)コメントさせて頂きます。
IR西が発表した粉砕痕なのですが、写真で見た記憶では1メートルくらいの長さにわたって白く跡がついていたと思います。でも、置き石説はないと言われています。4両目に乗車されていたとのことですが、そうした粉砕について何か思い当たるところはありますでしょうか?
※別のニュース記事によりますと、バラス程度の置き石を踏むと、電車内にはかなりの異音がするので気がつくそうです。
イオ子さんが読書のために脱線の音?「ガガガガガ」に気付く前のご記憶はブログには記載されていませんね?
もし何かわかりましたら是非教えてくださいませんか?私はこのことを個人的に知りたいと思っている者ですが、まじめに考えています。
またお願いに上がりました。大変なご体験をされたことなので、お気を悪くされているのでしたら、もうお願いはするまいと思っています。
はじめまして いお子さん。僕があの事故を知ったのは25日昼過ぎ、川西池田駅近くの散髪屋でラジオの特別番組が流れてきて、まさかこの路線のことだとは思いもよりませんでした。ですが5ヶ月たった今の今までこの事故のことは考えたくなかったし尼崎の現場など見たくもありませんでした。先日初めて雨の中を献花台に訪れましたがあの空間で亡くなった方も大勢いらっしゃる中で何人もの人が必死になって脱出していたという事実が心にぐさりと突き刺さりました。これは犠牲者を思うよりつらいことでした。同じ車両には怪我で動けなくなった人や瀕死の重傷者もいたかも知れないのによくそのような状況で自らも危険を冒して脱出した方々を思うと心が引き裂かれます。もし僕がこのような目にあったら体は動いても扉や窓が外れていても室内に残って延々と救助を待ったのではないかと思います。なぜかというと他の負傷した乗客をさし置いて自分だけ先に出るのは(たとえ救助の義務はないとわかっていても)気持ちのよいことではないし苦痛でウンウンうなっている人にさっさと走り出せる元気のある人がどう見えているのか・・・(これも非難の権利はないとわかっていますが)そして脱出の際の危険を考慮に入れた上での行動だったのかということです。いお子さんの場合、幸運にも4両目前方の扉から外に通じる脱出路が確保されていたようですが車両と地面の間は1m50はなくても1mくらいはあるので飛び降りるのはよほど注意しないと危ないですし特にこういうときは助かりたい一心で無我夢中なために、周囲の安全を確認する暇もないままガラスや金属片が散乱する荒れた状況の地面、対向車線の車などで思わぬ”2次災害”にあう可能性も十分ありうると考えられます。実際いお子さんもストッキングが破れたり(女性としてはつらいことと思う)足を打ったりされていますが皆さんそのあたり目の前の脱出路や地面が安全かどうか瞬時に判断されたのでしょうか。もしそうでしたななら冷静な頭脳と行動力を持った被害者にのみ可能で僕のような人格的にか細いものは何時間も他の乗客の重みに耐え続けた挙句座滅症候群で"座して死を待つ�犒覯未砲覆辰討い燭�もしれないと思うと正視に耐えません。それにしても災害にあったときに生き延びる希望と執念がない者に生き延びる資格はないということを思い知らされます。いお子さんの生きたいという執念が結果的に怪我はしたもののいお子さんを救ったのと対照的に、生きながら死ななければならなかった一人の女性のことが悔やまれてなりません。生存者の証言にある程度共通する行動として、『体を丸め』『上体を起こし』等、体勢を立て直すということがあげられます。これは当座の不快感や圧迫を和らげるための無意識の行動ではありましょうがこれで体圧を分散し座滅にならずにすんだ人がいる一方で他の乗客に余計な圧迫をかけたくないために、あるいは異性同士が密着してしまったために動くに動けず結果的に不自然な体勢で耐えた結果救出後に座滅が出てしまった人も少なからずいると思われます。先に脱出した方はそういう人に『がんばれ、がんばれ』っていってあげてください。その方々はいお子さんのことを思ってそうなったのですから。
ここまで書いてきてはたと思ったことは各紙いずれにも高校生の乗客による証言がほとんどないことです。実はこの列車、遠足中の川西北稜高校の3年生が十数名乗っており、彼らの中にも生存者があり亡くなった方も2人います。亡くなった2名については朝日新聞にかなり大きく出ていましたが事故状況に関する生存者のさまざまな角度からの証言はほぼすべて大学生や社会人の乗客によるもので、おそらく事故の全体像解明に重要な意味を持つ詳細な証言に伴う重い社会的責任を考えれば高校生の証言は信憑性に怪しい面があると考えられたためか、あるいは凄惨な事故の場面を見た高校生の精神的動揺に対する教育的配慮として取材規制がかけられたかマスコミの側が自粛したか、北稜生の方からの真相についての証言お待ちしています。
私もあの電車に乗っていました。重傷を負って現場での記憶のない私にとっては、2日後に書かれたこの記事は写真も含め大変興味深いものでした。
運転再開時の記事なども読ませていただきましたが、あたなの前向きな姿勢にとても共感を覚えました。おたがいにこの事故を乗り越えていくためがんばりましょう。
あの事故は決して忘れてはならぬ事故だと思います。ニュースで見たときは、ただ驚くばかりで言葉を失っていました。もしあのとき、あの列車に乗ってたら・・と考えるだけで怖くて、恐ろしいです。悔やんでも悔やみきれない、亡くなった方の遺族の気持ちを考えると、涙が止まりません。事故の記憶は消えることはないけれど、早く皆さんの心と精神が休まるときが来ることを心から願っています。列車側の責任は、重いはずです。生きて償ってほしいです。

 

[ 118] 津波からの生還
[引用サイト]  http://now.ohah.net/maha/tsunami.shtml

左の写真、バイクにのっかっているのはふうちゃん(まはのベイビー)、その右は、愛称プニさんこと、篠原さん。彼女は、ふうちゃんが産まれる前と産まれるとき、産まれた後、ずっと一緒にサミーラさんの面倒を見てくれた人・・・。まぁ、ふうちゃんの恩人みたいな人なんであります。その彼女は、つい先日まで、スリランカのビーチにリゾート!!に行っていたんですね。12月25日に彼女からメールが入って、あと数日、ビーチでのんびりしていくし・・・なんて、ああ、いいなぁいいなぁ〜なんて、うらやましがっていたまはなんです。
ところが、26日、ニュースを見てびっくり仰天!ツナミ!・・・ああ、いまや、インドの報道機関ですら、最近はツナミなんて、言っている・・・。新聞では、インド政府の科学省のトップの科学者が、ツナミについて、テレビをみて始めて知った!なんて、見出し・・・信じられないようなお話です。知り合いのインド人も、『ツナミ』なんて、言っている・・・それほど、いままで、ツナミのような被害がなかったということなんでしょう。だから、言葉がない・・・それで、『トウフ』が国際語になっているように、『ツナミ』もいまや国際語になったんですね。
ヤベーよぉ、プニさん、ツナミに呑まれちゃったかも・・・?あわてて、彼女にメールを出した・・・『生きている?』なんてね、でも、もちろん、返事は返ってこない。そのうち、報道で、スリランカの惨状が伝わってくる。ああ、これは仮に生きていても、たぶん、知らせることもできんやろうなぁ〜と思った次第。プニさんのことだから、ああ、すごい体験しちゃったぁ〜と
最初、これはえらいことになったわ・・・今夜、寝れないじゃん!下水の臭い水が部屋に入ってきて、臭い臭い!ベッドもびしょびしょ・・・いったいどうなってんの?なんて、思って、外に出ようと思ったら、あれよあれよと水かさが増して、気がついたら、バンガローの天井に頭が付いた・・。天井に頭がついて、これはマジでやばいと気が付いて・・・まどのかすかな隙間が見えたので、もぐって窓の隙間から脱出・・・すると、すごい流れで陸地に押し流されて・・・体はくるくると回っていたわよ・・・。丸太があって、つかまろうとしても、木の枝とか、障害物がいっぱいあって、つかまれない・・・
何回かつなみが来たんだけど、とにかく全力で泳いで、気が付いたら、丘の上の岸?たどり着いた・・・下はもうなにもかもめちゃめちゃで、宿泊していたバンガローなど跡形もない・・・。ぜーーんぶ流されちゃった。もちろん、パスポートも、現金も、シティバンクのカードも、何もない・・・。あったのは、上下不ぞろいな水着だけ・・・。ああ、ツナミがきた時、今日はどの水着にしようか迷ってて、ちょうど別のに着替えようとしてたところ。よかったは素っ裸じゃなくって・・・。そのうち、丘の上には、どこからか人が集まってきた・・・。みんな水着だけとか、でも、体は傷だらけ・・・・。つなみのショックで放心状態。2日間、救助を待ちながら、飲まず食わずで、その丘の上で過ごしたのね。
救助とはいっても、大変な被害で、なかなか思ったように救助の手が来ない・・・。そのうち、なんとかアルコールと脱脂綿だけが手に入ったので、けが人を脱脂綿とアルコールで消毒しに回ってた・・・。まぁ、ビキニ水着の看護婦さんってこと・・・そんなんで二日も経過して、でも、このままではちょっとまずいなーーと思ったわけ。丘の上に、数人の西洋人がいたの。彼らは、ここにこのままいても埒が明かない・・・水も満足にないし、食べ物もない・・・死臭は漂ってくるし、疫病も怖い・・思い切って、とにかくコロンボへ向おう!・・・だから、その西洋人4人と一緒にコロンボ向けて歩き始めた・・・。途中、地元の人が、水着姿の私にたぶんどこいらのヒッピーが残して言った服だと思うけど、オレンジ色のタイパンツのようなズボンと紫色のTシャツにオームかなにかの文字が書いてあるものをくれたのね・・。それで、私もヒッピーみたいになっちゃったわ・・・。ラッキーなことに、西洋人4人のうちの一人がわずかばかりの現金を持っていた・・・。その現金で、途中タクシーを拾って、なんとかコロンボへ・・・目指すはコロンボの日本大使館!いつもは別にお世話になるところじゃないけど、こんな大災害のときには、頼るところは日本の大使館しかないわよね・・。
やっとの思いで、日本大使館までたどり着いて・・・パスポートの再発行してもらってお金を貸してもらって何とかインドに戻ろうと思ったのね。大使館の人に事情を説明したところ・・・妙に冷たい。たぶん、私の格好から本当のヒッピーと思ったのか、どうなのか?わからないけども・・・一門なし、パスポートもないし、航空券もない・・全部流されちゃったしね、ツナミで・・・。だから、大使館しか泣きつくところがないわけ・・・だから、ここで見捨てられたら、もう頼みの綱がないわけ。まさか、コロンボでこじきをするわけにもいかないし。だから、、さんざん、泣きついた挙句、やっとの思いで、1万2千円を貸してもらえた。でも、貸してもらった1万2千円のうち、1万円はパスポートの再発行代金・・・。だから、私の手元には2千円ばかりが・・・。『ねぇ、これだけじゃ、ホテルにも泊まれないし、飯も満足に食えない。こんなひどい災害なんだから、なんとかもう少し助けてほしい!・・・・』とはいうものの、なしのつぶて。『ホテルに泊まれないなら、そこのソファーで寝ていいわよ・・』、『・・・・』ってことで、私は大使館のソファーで夜を明かした。夜警のおじさんが気の毒がって、それで、ビスケットをくれて、それで一晩飢えをしのいだんですね・・・。ありがとう!夜警のおじさん。翌日、大使館をでようとするとと、日本の東京テレビという局の人がマイクをもって近づいてきて、それで、インタビューに答えたところ、東京テレビがお礼として高級なタジホテルのランチをご馳走してくれた・・・。食べ放題!ヒッピー姿で高級ホテルでお食事もまんざら捨てたものじゃなかったわね、あはは!その後、インドのビザを再発行してもらいにインド大使館まで行かなきゃならなかったんだけど、東京テレビの人がタクシーで送ってくれた・・・ありがたや、日本の民間テレビ局。それにしても、日本の役所、大使館って、いざといときに、まったく冷たい!
インド大使館にいって、『実はツナミでパスポートが流れてしまって、だから、ちょっと前に発行してもらったビザも流れてしまったんです』と事情を説明すると、その場でビザをぼーんと押してくれた。もちろんタダ。その足で、エアラインに向かい、同じように説明すると、ちょっと調べて、すぐにチケットを再発行してくれたわよ。すぐに飛行機の予約をとってくれて、エアラインの無料バスでそのままコロンボ国際空港へ・・・・そうして、インドへたどり着いた。残りの2千円を両替して、バスにのっかって、ほら、この通り!戻ってこれました!というお話です。(まは)

 

戻る

アイフルのサイトです。

アイフルのサイトです。